2016年5月26日木曜日

マイナス金利政策の効果を高める預金金利のマイナス化



 日本ではメディアや有識者と呼ばれる方々を中心に、日銀のマイナス金利付き量的・質的金融緩和(マイナス金利政策)に対する批判的な指摘が続いている。マイナス金利政策が発動され3カ月が過ぎたが、設備投資や個人消費の拡大は限定的。3月の長期貸出平均金利が0.967%と初めて1%を割り込むなど、企業向け貸出や住宅ローンの金利は過去最低水準に低下したが、銀行・信金による貸出は4月時点で前年比2.2%増と伸び悩んだまま。メガバンク経営陣からは、マイナス金利政策による収益下振れ懸念が指摘されている。

 マイナス金利政策を始めた後に日銀がWEBサイトに掲載した「5分で読めるマイナス金利」の評判も悪い。この中では、マイナス金利政策の導入で個人の預金金利が下がり、消費が悪くなる可能性を指摘した質問に対し、「100万円預けて1年間の利息が200円だったのが10円になったということです。消費を悪くするほどの規模ではありませんよね」と回答。個人が得られるべき利息が減ることを認めながらも、それによって消費が悪くなることはないと根拠なく言い切る姿勢は、読み手に悪い印象を与えているようにも思える。

 日銀の黒田総裁は、金融政策の効果の波及には、ある程度の時間が必要と発言。4月28日の金融政策決定会合では効果を見極めるとの理由から金融政策の現状維持が決定された。一方で日銀は、同会合で物価上昇2%の目標達成時期を2017年度前半頃から2017年度中(2018年3月まで)に先送り。いくら時間がかかるとはいえ、効果が出る時期を1年以上先に設定する姿勢も日銀に対する批判を強める一因となっている。

 日銀のマイナス金利は(短期間とはいえ)目立った効果が出ていないほか、マイナス金利に対する批判は(目先の結果に囚われただけとの見方もできるが)理解しやすく、日銀より批判する側に分があるように見える。ただ、だからといって、マイナス金利という仕組みそのものを全否定するのは、やや行き過ぎているようにも思える。マイナス金利政策は、一部で指摘されてきた日銀(そしてECB)の量的緩和政策・限界論を打破したのも事実である。

 そもそも量的緩和政策が実施されたのは、政策金利がゼロに近づき、追加利下げが難しくなるという制約を克服するため。しかし日銀は、黒田総裁のもと2度の追加緩和もあって長期新発債のほとんどを買い入れる規模まで国債買い入れペースを加速。国債買い入れ規模のさらなる拡大が難しいとの見方が強まった。マイナス金利政策は、こうした限界論に対応した新たな措置と考えられる。

 日銀のマイナス金利政策が効果を発揮しきれていない理由の一つは、政策効果が波及するには時間がかかるだけでなく、マイナス金利の効果が貸出に対してのみ現れ、預金に対しては表れていないためと思われる。

 金利は本来、貸出だけでなく預金にも適用される。しかし日銀は、個人向け預金金利のマイナス化を事実上否定。大口預金に対する金利について日銀は、各金融機関の判断としているが、国内大手行は大口預金に対するマイナス金利適用を見送っている。貸出金利が低下する一方で、貸出原資となる預金への金利がゼロ制約のままであれば、貸出と預金を仲介する金融機関の収益が悪化するのは当然となる。

 仮に日銀がマイナス金利をさらに深堀したり、マイナス金利が適用される当座預金の範囲を拡大すれば、(金融当局の指導も必要だろうが)金融機関は、さらなる収益悪化を回避すべく、まずは大口預金に対しマイナス金利を適用し始めるだろう。これにより大口預金者のほとんどと思われる法人は、ゼロ金利が適用される現金保有を増やすことになるが、現金保有は管理コストが大きく、預金の全てを現金化するとは考えにくい。法人は預金を圧縮すべく、一部を設備投資や賃上げに回すことが期待される。

 先行き不透明感を理由に設備投資や賃上げに慎重な法人であれば、配当を増加させることで預金を圧縮するだろう。増配による株価上昇は資産効果を通じ個人消費を刺激すると考えられる。

 国際的な企業であれば、円預金の一部を外貨預金に切り替えることで、マイナス金利の適用を回避することも考えられる。海外子会社から日本の親会社への資金還流(レパトリ)も抑制されると思われ、結果的に円高圧力を弱めることになる。

 日銀・黒田総裁など金融当局者から預金金利のマイナス化を肯定する意見が示されたことはない。しかし今後、マイナス金利政策の限界論が声高に指摘されるようになると、日本の金融当局者が預金金利のマイナス化を示唆することも十分考えられる。