日本の個人は、これまで言われていたほど投資信託(投信)を購入・保有していないことが判明し、話題になっています。日本銀行は6月27日、資金循環統計の改定結果を公表しました。資金循環統計は、個人(家計)、企業、金融機関、政府といった部門が保有する金融資産・金融負債の状況を示す統計です。家計が保有する現預金は960兆円である、家計の金融資産は1800兆円を超えている、といった報道を目にした方もいらっしゃるかもしれませんが、こうした報道は、この資金循環統計がもととなっています。
資金循環統計の改定は、毎年実施されてきましたが、改定前の数値と大きく変わることはなく、普通の方だけでなくエコノミストといったマクロ経済統計の専門家の間でも、あまり注目されるものではありませんでした。しかし今回の改定では、家計が保有する投信残高が大きく下方修正され話題となりました。昨年末(2017年12月末)の家計の投信保有額は、改定前は109.1兆円とされていましたが、改定後は76.4兆円と、32.7兆円も減りました。
また、改定作業を過去に遡ることで、家計の投信保有額の変化も、これまで言われていたことと異なることがわかりました。改定前の資金循環統計では、家計の投信保有額は、2011年から毎年増える結果が示されていましたが、改定後の数値では、投信保有額は2014年の80.4兆円がピークで、2015年以降は70兆円台での推移が続く結果となりました。これまで投信業界では、資金循環統計を根拠に「個人(投資家)の投信人気は高まっている」と言われていただけに、今回の改定で、「個人の投信人気は言われていたほどではない」という評価に変わろうとしています。
既存メディアやSNSでは、30兆円以上も統計結果が変わったことに驚きや怒りを示す意見が散見されます。ただ、マクロ経済統計の分析を長くやってきた方からすれば、家計が保有する金融資産のうち30兆円程度が修正されたとしても、大したことはないと考える方が多数と思われます。家計が保有する金融資産は、総額で1,854.7兆円(昨年末)であり、投信保有額の下方修正幅(32.7兆円)は、総額(全体)の1.8%にすぎないからです。
そもそも、資金循環統計に限らず、GDP統計などの範囲の広いマクロ経済統計では、改定作業などで結果が数兆円から数十兆円の幅で変わることも珍しくありません。マクロ経済統計の目的は、一国の経済全体を俯瞰するためであり、金額や変化率を精緻に測定するためではありません。ビジネスパーソンの方々は、今回の資金循環統計の改定を機に、日本のような経済規模の大きい国では、マクロ経済統計の数値が兆円レベルで変わってしまうこともあり、それはさほど驚くべきことではない、との感覚を持ってもいいのかもしれません。
なお、一部報道では、家計の投信保有額が(じつは)2014年以降、伸びていなかったことを根拠に、個人はリスクを回避する傾向を続けている、といった指摘が掲載されています。政府・当局が「貯蓄から投資へ」と呼びかけ続けているが成果を上げていない、などといった皮肉めいたコメント・指摘も示されているようです。
しかし家計の投信保有額だけを見て、個人のリスク選好度を判断するのは、やや無理があるように思えます。家計の運用手法は、投信を保有するだけでなく、株式や外国債券(外債)を購入するなど様々だからです。近年では、投信における運用コストの割高感が指摘されるなど、個人の間でも投信のメリットだけでなくデメリットも知られるようになっていますので、投信人気が落ちてしまっただけかもしれません。
資産循環統計で示される家計の上場株式保有額は、昨年末に114.5兆円と2006年3月末以来の高水準に拡大しています。家計の外債保有額(対外証券投資額)は、昨年末に24.0兆円と、前期(同年9月末)の24.4兆円から減少したものの、統計開始以来の高水準を維持しています。そして、家計が保有する投信、株式、外債の合計(下図の「3者計」)は、昨年末に214.9兆円と、統計開始以来の最高を更新しています。
資金循環統計の改定により、家計は投信保有額を増やしていないことがわかりましたが、それはリスクを取らない結果ではなく、むしろ家計は、投信以外の様々な方法でリスクを取っていると言えそうです。最近では、機関投資家などのプロに任せず、AIなどのフィンテックを活用し、自力で資産運用を試みる個人の動きも広がりつつあります。投信ではなく株式や外債を直接保有する動きが広がっているとの見方も間違いではないように思えます。
家計が保有する現預金は、昨年末に968.8兆円と過去最高を更新していますが、興味深いことに定期性預金(いわゆる定期預金)を取り崩し、流動性預金(いわゆる普通預金)を増やしています。家計は、来るべきチャンスに備え、さらにリスクを取る準備をしているのかもしれません。
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