2017年9月14日木曜日

日本の上場企業経営者の課題:敵対型アクティビストを回避するための資本生産性の引き上げ

 法人企業統計によると、今年6月末時点の日本企業(除く金融・保険)の総資産は1556兆円と3月末の1569兆円から縮小したが、自己資本は664兆円へと増加し、自己資本比率は42.7%と1954年の統計開始以来の過去最高を更新した。

 日本企業の自己資本が増加を続けているのにもかかわらず、日本の株式市場では日本企業の多くが割安に放置されている。全上場企業のうち株価純資産倍率(PBR)が1倍未満の割合を日米英独の4カ国別にみると、英国が14%、米国とドイツが10%であるのに対し、日本は38%と突出して高い。

 日本の上場企業が割安に放置される理由の一つとして考えられるのは、日本企業が現預金を過剰に保有していることだ。日本企業が保有する現預金は、6月末時点で192兆円と過去最高を更新し、総資産に占める割合は12.3%と26年(1991年6月末)ぶりの高水準に上昇した。手元流動性が時価総額の30%を超える日本の上場企業数は約4千社のうち200を超える。

 日本は英米にくらべ現金保有コストが高い。日銀は2016年1月にマイナス金利政策を導入。これにより預金金利は、すべての預入期間においてほぼゼロとなり、円建ての安全資産とされる日本国債の利回りも、満期10年未満まですべてマイナスとなり、10年物ですらゼロ近辺となった。こうした結果、有価証券から得られる日本企業の金利収入は激減した。

 多額の現預金を保有することは、事業投資機会が少ないことを投資家に示唆することにもなる。投資機会が少ないことは、利益成長が期待できないことを意味し、企業評価の低下につながる。

 現金保有コストが上昇し、投資機会が少ないのであれば、配当増や自社株増などにより保有現金を株主により多く配分することが経営者の有力な選択肢となる。株主への保有現金の配分がより多くなれば、企業の純資産や総資産は縮小し、ROEやROAが上昇し、資本生産性の上昇を背景とした株価上昇も期待される。

 しかし残念ながら、日本の上場企業経営者は、保有現金を使った株主還元策に消極的だった。過剰な現預金の保有は、資産効率の低下につながるが、企業の資金繰りをより楽にし、結果として企業の存続性が高まると期待される。企業の存続性が高まれば、経営者が株主や取引関係者から経営責任を追及されることも少なくなる。つまり過剰な現預金の保有は、経営者の保身行動の一つである。

 日本は2001年以降、いくども大きな不況に直面し、大手企業ですら倒産・破綻することが珍しくなかった。このため日本のビジネス界では、企業の生存確率を高めることは、利益率や株価を引き上げることよりも優先順位が高くなる傾向となり、過剰な現預金の保有という経営者の保身行動を理解する風潮も生まれた。

 日本のアセットマネジャーのスチュワードシップの弱さも、日本企業の過剰な現預金の保有を追認してしまったと考えられる。日本のアセットマネジャーのほとんどは、銀行や証券会社グループの一員である。アセットマネジャーが株主として投資先企業に株主還元を強く迫ると、投資先企業が同一グループの他業務(たとえば証券発行業務など)に圧力をかける恐れがあるため、日本のアセットマネジャーの多くは、日本企業の経営者に対し強硬な姿勢で要求することを控える。

 しかし安倍政権は、アベノミクスの号令のもと、日本企業に対してはコーポレートガバナンスの強化を、日本のアセットマネジャーやアセットオーナーに対してはスチュワードシップの強化を求め続けている。この結果、徐々にではあるが、日本企業は株主還元策を強化せざるを得なくなり、アセットマネジャーやアセットオーナーは投資先企業に対しより強い姿勢で株主還元を求めるようになっている。

 コーポレートガバナンスやスチュワードシップの強化が政府主導で推進されると同時に、日本ではアクティビストファンドに対する理解度が高まっている。今から10年以上前、米系のアクティビストや村上氏を中心とした国内アクティビストの活動に対し、日本の世論は敵愾心を燃やした。投資先企業は、世論の敵愾心を味方につけ、買収防衛策の強化などでアクティビストからの株主提案の多くを退けてきた。

 しかし時とともに、日本社会においてもアクティビストの合理的な活動を支持する見方は広がっている。ファンドを解散した後、シンガポールに移住した村上氏は、今年に入り日本に帰国し、書籍を出版し、日本全国で講演活動をしていることも、日本社会がアクティビストに理解を深めている証左と言える。日本企業も政府主導によるコーポレートガバナンスの強化が叫ばれている以上、アクティビストに対し非合理な理由で株主提案を拒絶することが難しくなっている。2008年度に日本の上場企業565社が買収防衛策を導入したが、2017年6月時点では買収防衛策を導入する企業は409社に減少しており、今後も防衛策を廃止する動きが続くと見込まれる。

 過剰なまでに現預金を保有しながらも株式市場で割安に評価される日本企業が多い一方、アクティビストを取り巻く環境が好転しているのであれば、今後、日本においてアクティビストが活躍する場面が増えると考えるのが自然となる。

 アクティビストは、敵対型と友好型の二つに大別される。敵対型アクティビストに狙われた企業の経営陣は、アクティビストへの対応のために通常の事業運営が阻害される恐れが高まるほか、委任状争奪戦の法的コストやアドバイザリーコストも膨らむことになる。多額の現預金を保有することで危機に備えたつもりが、敵対型アクティビストを招き寄せてしまい、結果的に危機を迎えてしまっては元も子もない。日本の上場企業の経営者は、株価対策としてだけでなく、敵対型アクティビストを回避する上でも、資本生産性の引き上げを強く意識し、実践する必要がある。

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