国内メディア数社は10月24日、厚生労働省が電子マネーでの給与支払いを解禁する方針であると報じました。早ければ来年(2019年)にも、企業は従業員の銀行口座ではなく、カードやスマートフォン(スマホ)の資金決済アプリに給与として送金することが可能となります。
報道によると、厚生労働省は、電子マネーでの給与支払いを可能とする条件として、
・従業員は給与を受け取る方法として、電子マネーだけでなく、従来の銀行口座への振込や現金払いを選択できる
・電子マネーで入金された給与はATMなどで月1回以上、手数料なしで現金で引き出せる
・仮想通貨は対象に含まない
を考えているようです。こうした条件は、8月8日に開催された国家戦略特区ワーキンググループにおいて、同省がペイロールカード(企業から給与を受け取るためのプリペイドカード)を賃金支払方法として認めるために必要と考えられる4つの要件とほぼ同じ内容です。
※詳しくは以前のコラム「銀行の経営環境を大きく変える可能性があるペイロールカード」をご覧ください。
http://tamasashimura.blogspot.com/2018/08/blog-post.html
現時点では、既存のカードやアプリで、手数料なしでの現金化といった条件を満たすものはないようです。しかし一部の決済アプリでは、手数料を支払うことでコンビニATMにて電子マネーを現金化するサービスが提供されています。こうしたアプリでは、現在の仕組みを大きく変えることなく、厚生労働省の条件を満たす形で電子マネーでの給与支払いが可能となるでしょう。また、電子マネーを現金化するサービスが提供されていないカード・アプリでも、ユーザー層の拡大を期待し、厚生労働省の条件を満たすべくサービス開発が進むと予想されます。
電子マネーでの給与支払いが認められると、銀行の経営環境が大きく変わる可能性があります。これまで銀行は、給与振込というルートを通じ、黙っていても企業や労働者といった顧客との接点を持つことができました。しかし電子マネーによる給与支払いによって、銀行口座を保有しない、もしくは銀行口座を以前ほど頻繁に利用しない労働者が増えることになり、銀行は顧客との接点機会を失うことになります。
マクロの視点で考えると、電子マネーでの給与支払いは、銀行から預金が引き出され、引き出された貨幣が電子マネーに変わるプロセスを意味します。銀行預金の減少は、銀行の資金需給の引き締まりにつながるでしょう。現時点では、銀行の多くで預金の過剰感が強いほか、電子マネーでの給与支払いによって銀行預金が大きく減ることは考えにくいため、電子マネーでの給与支払いによる銀行預金の減少の影響をイメージしにくいかもしれません。しかし、銀行ビジネスの根幹である融資の原資は預金です。電子マネーでの給与支払いが時間とともに普及すればするほど、預金の減少を通じ融資の採算性は悪化するとみていいでしょう。
電子マネーでの給与支払いが、どの程度普及するかは、現時点で不透明です。電子マネーだけで全ての生活費をカバーすることは難しいため、たとえ手数料ゼロで現金化ができるとしても、電子マネーでの給与支払いを否定する方は少なくないでしょう。これまでの慣習が人々の意識変化を妨げる可能性もあります。電子マネーは、国家(日本政府・日銀)ではなく、サービス提供会社の信用で発行されることを懸念する方もいるかもしれません。
一方、電子マネー決済は、現金決済より利便性が高いと考える方は20、30代を中心に広がっています。副業としてアルバイトやパートタイムをする労働者は、電子マネーによる給与支払いを問題視しないかもしれません。日本での居住歴が短い、といった理由で銀行口座を開設できない外国人労働者にとっても、電子マネーでの給与支払いは有益とみなされるでしょう。日々の決裁を電子マネーで済ませてしまえば、現金化するための時間や労力を大きく削減できるといった副次的効果も期待されます。
あくまで推測でしかありませんが、電子マネーでの給与支払いが始まった当初の日本では、決済手段を電子マネーに委ねる(いわゆるキャッシュレス)グループと、現金決済を続けるグループの2つに分かれるような気がします。2019年10月の消費増税の負担軽減策の議論でも、当初はキャッシュレス決済のみを対象にする方針でしたが、議論が進むにつれ、キャッシュレスでない決済を選ぶ方にも配慮し、現在では商品券を中心とした負担軽減策が有力視されています。政府が、キャッシュレス推進に大きく舵を切らない以上、現金決済は今後も一定の割合で残るでしょう。
私の推察通り、電子マネーによる給与支払いが、一部の層で利用されるものの、日本全体で普及が進まないとすれば、電子マネー(ひいてはキャッシュレス)に関連する企業は、想定顧客のグルーピングを精緻化させるでしょう。そして企業は、自社の調査・分析結果に基づき、想定顧客に特化したマーケティングを推し進めることになります。これは、一見効率よく見えますが、現金決済を志向するグループを当初から排除することになります。この結果、キャッシュレス決済グループと現金決済グループの両者が短期間で融合することは期待しにくく、日本のキャッシュレス化も政府の掛け声通りに進まないのかもしれません。
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