2019年9月10日火曜日
持ち家・賃貸論争
自宅を自分のものにするのか、それとも借りるか、どちらがよいか、という論争をたまにみかけます。いわゆる持ち家・賃貸論争です。
結論から申し上げると、持ち家と賃貸、どちらがよいかは、人によって異なります。しかしネットなどでは、なぜか、持ち家もしくは賃貸、どちらかが論争に勝利する、という結論に落ち着きます。非常に不思議です。
こうした論争にありがちなのは、持ち家で生ずるコストと賃貸で生ずるコストの比較です。そして比較において、コストが小さい方を勝利とするのが一般的のようです。
ただ自宅を持ち家にすべきか、それとも賃貸にすべきかは、コストだけで決められません。不動産物件は無数あるように思えますが、全く同一の物件は複数存在しません。持ち家となる物件Aと賃貸となる物件Bを比較することは、持ち家と賃貸の比較だけではなく、他の点での比較も同時することになります。たとえ、どちらかの物件においてコストが低い(安い)としても、コストの高い物件の方が、別の点で有利であることは多々あります。
仮に、ある特定の物件があったとし、その物件を購入する、もしくは賃貸とする、いずれかを選べる場合があったとします。この場合だと、コストの比較だけで、持ち家か賃貸か、どちらがよいかを比較することができそうです。
しかし、その場合でも、コストだけで比較することはできません。たとえば、その物件に長く住むことで自分の人生が豊かになると考えるのであれば、立ち退きリスクを遮断するために購入する(持ち家とする)ことは合理的な選択といえます。
一方、今後の人生において、生活スタイルが変わる可能性を意識するのであれば、購入する(持ち家)よりも借りること(賃貸)を選択する方が合理的かもしれません。
これは、金融や運用の世界でいわれるオプションに似た議論です。オプションという言葉が難しそうに思える方には、自動車保険や火災保険をイメージしてもよいと思います。今後、何らかの事故や火災に遭うかどうかは、現時点で正確に予想できません。そのため、何かあったときのために人々は保険に入りますが、保険に入らないという選択も、人によっては合理性があるかもしれません。
繰り返しになりますが、持ち家・賃貸論争の結論は、住む人の考え方や価値観によって変わります。この論争において、断定的な結論を示すことは、たとえどちらの結論であっても、現実的な回答とは思えません。
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