2013年12月24日火曜日

仮想通貨「ビットコイン」、誤解される真価 (トムソンロイター)

インターネットでしか流通しない仮想通貨「ビットコイン」の注目度が高まっている。価格が急上昇後に大きく下落したことから否定的にとらえる見方もあるようだが、筆者は様々なリスクの内在を承知の上で、あえて肯定的な見方をとっている。
 
ビットコインは、2008年11月に正体不明の「サトシ・ナカモト」名義で公表された論文をベースにしたオンライン通貨の名称だ。10年5月にあるプログラマーが、オンラインフォーラムで1万ビットコインとピザを交換することを呼びかけたのが取引の始まりとされている。
 
このオンライン通貨はドルや円のように法的に定められたものでもなく、中央銀行や政府機関によって発行されるわけでもない。取引の正当性の確認は、マイニング(採掘)と呼ばれる計算作業を通じて行われ、同作業に協力した者(マイナー=採掘者)には一定量のビットコインが交付される。ただ、最大発行量はプログラムにて2100万と決められており、既存の貨幣のように発行量が無制限ではない。イメージとしては、発行主体があるわけではなく、地球上に一定量だけ存在する金、プラチナといった貴金属に近い。
 
ビットコインは、暗号化されたデジタル情報でしかなく、既存の貨幣のようにコインや紙幣といった物質(モノ)ではない。その保管や送受信には、ウォレットと呼ばれるフリーのソフトウェアが使われ、取引データはP2Pと呼ばれる分散型ネットワークに記録される。ウォレット利用のために本名などのプライバシー情報を開示する必要はなく、メールアドレスを登録すればよい。このため行政当局は個々人の取引状況を把握することができず、取引を強制的に停止したり、課税することも難しくなる。こうしたことから、ビットコインは国家による管理から自由であるといわれているが、アングラマネーのロンダリングに使われるとの批判もある。
 
<否定論者がはまったトートロジー>
 
ビットコインを入手するには、別の保有者から購入するほか、取引所と呼ばれる両替サービスを利用する方法がある。また、上述したマイニングに参加することで入手する方法もあるが、現在ではマイナーが多数になったほか、計算に要する時間やコストが莫大となったことから現実味を失いつつある。
 
ビットコインは金融機関を通さずにインターネット上で取引されることから、通貨における送金に該当する送付が容易かつ短時間で完了する。送付の際に送金手数料に該当するコストが発生するが、金融機関で発生する手数料に比べ非常に少額となる。なお、送付の際に発生したコストもビットコインで支払うことになるが、そのコストはマイナーに配分される。
 
容易かつ短時間で送付できるというメリットなどを背景に、ビットコインのユーザー数は急速に拡大している。ユーザー数と比例関係にあると思われるウォレットのユーザー数は、今年初めに10万を超えたが、原稿執筆時点では90万超に達している。一日当たりのビットコイン取引数は、今年初めの2―3万件から12月には7―9万件に増えている。
 
ビットコインが大きく注目されたきっかけは、価格上昇である。流通し始めた当初は1セントに満たない額だったが、その後上昇を続け、今年の初めには10ドル前後に到達。3月には財政危機に陥ったキプロス政府が銀行預金を封鎖し、同預金への課税を検討すると、国家の管理下にないとされるビットコイン価格は200ドル台に急上昇した。その後やや下落し、100ドル前後での推移が続いたが、10月以降再び上昇し、11月下旬には1000ドル、そして12月4日には1200ドルを超えた。あくまで仮定の話でしかないが、今年初めにビットコインを購入していれば120倍(3月にキプロス騒動時に購入していたとしても6倍)のリターンが得られたことになる。
 
しかし、その後、価格が急落したことで将来性について否定的な見方が増えているのも事実だ。
 
ビットコイン価格が1200ドルを超えた翌日、中国人民銀行が同国内の金融機関に対してこのオンライン通貨を利用した金融サービスを禁止するとの通達を出したことで、一時500ドルを割り込む水準まで下落。原稿執筆時点では700ドル程度に反発したが、わずか2週間で6割近くの価値が消滅したことで、ビットコインをバブル的な存在とみなす論調が増えてきた。
 
もともと何もないところから始まったビットコインに価格がつくことに違和感を覚えるのは理解できなくもないが、需要が増えているのも事実である。また、ビットコインの価格上昇の主要因は、供給がマイニングを通じて緩やかにしか増加しない一方、需要は知名度の高まりとともに急激に増えたためだ。そうしたなか、中国人民銀行の通達のように先行き不透明感を強めるイベントが発生し、需要が後退すれば、価格が急落するのも不思議なことではない。
 
ビットコイン需要増の背景に投機目的があるのは否定しないが、認知度が高まったとはいえユーザー数が100万にも満たない状況では、価格が需給動向によって大きく上下動するのは避けられない。ましてやインターネット上でしか取引されないことから、需給動向の変化スピードは他の実物資産に比べ早い。こうした状況を顧みず、価格変化の大きさを根拠にバブル視するのは、結局のところ、ビットコインは無価値であることを前提として、現在の状況をバブルと断じ、ゆえに無価値であると結論づけるのと同じだ。これは、単なるトートロジーに過ぎない。
 
政府や中央銀行といった機関による保証や法的根拠がないことを理由に、ビットコインの存在意義を認めないとする意見も説得力を持たない。貨幣の信認は本質的には消費者や企業といった主体から発生するものであり、政府・当局機関による保証や法律が貨幣信認の根源にはなり得ない。たとえ通貨が法的に認められたとしても、ハイパーインフレなどの形でその価値が崩壊する可能性があることを歴史は何度も示している。当局機関の保証のないことを根拠に将来性を否定する見方は、貨幣信認の本質を理解していないだけでなく、何もないところから生まれたビットコインが一定規模で取引されているという事実を無視している。
 
<マイクロファイナンスとの親和性>
 
ただ、ビットコインの先行きを過度に楽観視することも避けるべきと思われる。特にドルや円といった既存の通貨にとって代わるという見方について筆者は否定的である。その仕組みゆえに、いくつかのリスクを包含するからだ。
 
誰もが気づくリスクの一つは価格変動の激しさである。上述したように供給は緩やかにしか増加しない。一方で、需要はインターネットという手軽なインフラを利用しているがゆえに短期間で大きく増加し、価格が再び急騰する可能性は否定できない。
 
また、中国のように他政府・当局が新たな規制を示すといったイベントで、需要が大きく後退し、価格が急落する可能性ももちろんある。加えて、取引所でのサーバートラブルなどで取引が難しくなる可能性もある。換金性が低下したことで価格が急落することも想定しておくべきだろう。
 
技術的なリスクも考慮に入れる必要がある。偽造が難しい仕組みになっているものの、今後も偽造されないという保証はない。何らかのブレークスルー技術によって、偽造が容易となれば、その途端に価値はゼロに近づくことになる。また、取引の認証作業を担うマイナーが、マイニングコストの増加などによって減少し、取引認証に時間がかかる可能性もある。
 
ビットコインに代わる新しい仮想通貨が出現する可能性も否定できない。利便性を有しつつも、値動きがより緩やかとなる仕組みを備えた新たな仮想通貨により、ビットコインに蓄えられた富が新しい仮想通貨にシフトすることもあり得る。
 
こうしたリスクを考慮すると、ビットコインがドルや円といった既存の通貨を駆逐すると考えるのは無理があるように思える。しかし、その利便性は非常に魅力的であり、今後も認知度の向上とともにビットコインの普及は広がると期待してもいいと思われる。
 
金融機関に口座を保有していなくても、非常に低い手数料で送金を可能にするというビットコインのメリットは新興国で生活する人々にとって非常に魅力的だ。すでに携帯電話によるマイクロファイナンスは新興国で普及が進んでおり、その一手段として利用される展開も期待できる。
 
たとえ金融機関に口座を保有していても、インターネットというグローバルネットワークを利用した送金が可能という利点は大きい。グローバル化の進展で先進国から新興国へのアウトソーシングの動きは続いているものの、賃金などを新興国に送金する際には多額の手数料が発生するほか、送金完了までの時間がかかるといったデメリットが解決されないままである。低額かつ短時間で送金が可能なビットコインは、ビジネス界でのグローバル化の流れに非常にマッチしたものといえる。
 
<バーナンキFRB議長が示した理解>
 
価格が不安定であることから普及しないとの見方があるのは承知しているが、価値(富)保蔵の観点でも利点の大きいものと思われる。既存通貨で価値を保存してもインフレによって毀(き)損するゆえに、金やプラチナといった貴金属で価値を保存するという行為は世界的に一般化している。しかし、保存すべき価値が大きくなると、貴金属の体積も大きくなり、デリバリーや保管が難しくなるというデメリットがあるほか、政変などによって政府・当局に価値を没収されるリスクも高まる。
 
ビットコインであれば、物理的にはデジタルコードでしかなく、価値がどれだけ大きくなってもデリバリーも保管も容易なままである。また、政府・当局に価値を没収されにくい。今年3月にビットコイン価格が大きく上昇したのは、銀行預金への課税という形で財産の一部が没収されるのを懸念したキプロスの富裕者層がビットコインに価値を移したからだという見方は、それなりに真実味のあるものと思える。
 
ビットコインの普及が進めば、すでに一部で実施されている同通貨を用いた購買行為がより広がりをみせ、関連インフラ需要が喚起されるほか、取引所などといった関連事業も拡大することが期待される。
 
米上院国土安全保障・政府問題委員会は11月、仮想通貨のリスクや保証などに関する公聴会を開催。委員長のカーパー上院議員はEメールやインターネットを例に出し、当初は理解しがたいものだったが今では様々な利便性をもたらしていると発言。米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長も同委員会に宛てた書簡の中で、1995年にブラインダー元FRB副議長が行った議会証言を引き合いに出し、(仮想通貨は)法執行や監督業務のリスクとなる可能性はあるものの、イノベーションが支払いシステムの迅速性や安全性、効率性の向上を促すならば、長期的展望を持てる分野もあると指摘した。
 
政府や中央銀行といった規制当局の立場からすれば、ビットコインの違法性を指摘し、場合によっては規制を検討するのが自然のようにも思える。しかし、カーパー上院議員やバーナンキ議長の発言からうかがえることは、ビットコインを単なる異物として扱うのではなく、次世代のリーディング産業になり得る可能性を示したことだ。ビットコインを頭ごなしに否定する方々は、規制当局であっても可能性を否定しない米国人気質に敬意を表してもよいように思える。
 
*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。
 
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
http://jp.reuters.com/article/jp_fed/idJPTYE9BN05N20131224