2015年12月18日金曜日

為替市場には中立に働くと思われる日銀の小規模緩和

日本銀行は本日の金融政策決定会合で、「量的・質的金融緩和を補完するための諸措置の導入」と題した事実上の追加緩和を決定した。

マネタリーベースの増加ペースは、従来と同様に年間約80兆円で維持とされたが、長期国債の買い入れ平均残存期間(以下、デュレーション)は、今年の7~10年程度から来年は7~12年程度と小幅ながら延長。ETFの買い入れについては、従来の年間約3兆円に加え、設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業の株式を対象に新たに3千億円の枠を設定した。またJ-REITについては、銘柄別の買入限度額を発行済み投資口総数の5%以内としていたが、これを10%以内に引き上げることも決められた。

日銀は声明文で、量的・質的金融緩和(以下、QQE)を推進していくにあたり、より円滑にイールドカーブ全体の金利低下を促していくことが適当と指摘。また企業や家計のデフレマインドは転換しているとの見方を示し、QQEを「補完」するためにデュレーションの延長などの「諸措置」を決定したと説明した。

JGBデュレーションの延長やETF買入枠の増額など、今回決定した内容は追加緩和の一つと言えるものだが、日銀は(声明文を見る限り)今回の決定を「追加緩和」ではなく「補完」であると否定するだろう。邪推でしかないが、今回の措置にあえて「補完」という名称を付けたのは、日銀として、追加緩和はこんなものではない、と誇示したかったからかもしれないし、日銀・黒田総裁がQQE開始当時、戦力の逐次投入はしない、と大見えを切ったことと関係しているのかもしれない。

ただマネタリーベースの増加ペースは年間80兆円で維持したまま。そんな中でデュレーションを延長してしまえば、結果として年限の短いところほど利回りの低下効果が薄れる。為替市場では、短い年限の利回りの方が長いものよりも強い影響をおぼすことが経験的に知られていることから、総額一定のもとでのデュレーション延長は、円売り圧力を弱める結果につながりかねない。

一方、(名称や建前はともかく)ETFの買い入れ額が増加されたことは日本株市場にとってポジティブ。以前ほどではないにせよ、日本株高は円売りの動きを支援する傾向があるため、ETF増額によって円売り圧力は増す可能性があると期待される。

エコノミストのように定量的に試算したわけではなく、あくまで筆者の感覚でしかないが、デュレーションの延長とETFの買入額の増加を合わせると、今回の決定による円相場への影響は中立なものと思われる。

注目すべき点の一つに、ETF買入額の増加やJ-REITの買入限度額の引き上げに対し、3人の委員が反対票を投じたことがある。年間80兆円のマネタリーベースの増加ペースに対し以前から反対票を投じていた木内委員や、(木内委員ほどではないにせよ)以前より追加緩和に否定的な姿勢を示してきた佐藤委員が、ETF買入額の増加などに対しても反対票を投じたことに違和感はないが、市場では中立的な立場に近いと言われていた石田委員も反対票を投じたことはやや意外。仮に今後、日銀が追加緩和に動くとしても、少なくとも3人の委員が反対に動くことが判明したともいえ、市場が日銀の追加緩和期待を後退させる可能性もある。

今回の「補完」措置は、原油価格の下落が続く中、日銀短観の企業物価見通しが下方修正された(インフレ期待が低下した)ことへの対応と考えていいだろう。ただ原油安やインフレ期待の低下は、ここ1カ月弱の出来事。米FRBが利上げ開始を決めたばかりのタイミングで、審議委員への根回しや追加緩和の実施準備のための時間も足らなかったため、今回は「補完」に留めたと考えることもできる。

市場は本日の日銀の発表を受けて円売りで反応。ドル円は一時1232円台半ば近辺まで上昇したが、その後は一転して円買いが進展。ドル円は122円ちょうど近辺に下落した。為替市場は、今回の決定を事実上の「追加緩和」として反応したのは良いが、中身を見ればタイトル通り「補完」程度の内容、と認識を改めたのかもしれない。

2015年11月11日水曜日

弱かったと素直に認めるべき今年夏のボーナス

11月9日に発表された毎月勤労統計によると、今年(2015年)夏のボーナスの一人当たり平均支給額(以下、今夏ボーナス)は前年比2.8%減(35.7万円)と2年ぶりの減少となった。6月分の特別給与が前年比6.7%減と、事前予想に反し大きく減少したことから、今回の結果には、さほど意外感がないはずだが、雇用・所得環境の改善が続いていると思い込んでいる一部エコノミストにとっては、それなりに驚きを与えたようだ。

今夏ボーナスが減少に転じた理由として、一部エコノミストは、毎月勤労統計で今年1月に実施された調査対象(サンプル)の入れ替えを指摘している。しかし同統計では500人以上の事業所は全てが調査対象。つまりサンプル入れ替えの影響が全くない。それにもかかわらず、500人以上事業所の今夏ボーナスは、前年比2.6%減と、全体の結果と同様に前年割れ。サンプル入れ替えというテクニカルな理由だけで、今夏ボーナスの減少を説明するのは無理がある。

むしろ毎月勤労統計で今夏ボーナスが減少に転じた理由として指摘すべきは、非正規雇用者や再雇用された高齢者の割合の増加だろう。非正規雇用者や再雇用された高齢者に支払われるボーナスは、正社員に比べ少ないのが一般的。ボーナスの少ない社員の割合が前年から高まれば、平均でみた一人当たりボーナスが前年から減少しても不思議ではない。

昨年の夏季ボーナス(昨夏ボーナス)の伸びが高すぎた面もある。同統計によると昨夏ボーナスは前年比2.7%増と1991年以来の高い伸び。企業業績は改善基調にあるものの、今夏ボーナスの基準となる2014年度の企業増益率は2013年度比で大きく鈍化していることも考えると、今夏ボーナスが反動もあって減少に転ずることも考えられる。

それにもかかわらず一部エコノミストが、毎月勤労統計で示された今夏ボーナスに対して違和感を持つのは、今夏ボーナスに関する各種アンケート調査が総じて好結果だったからだろう。たとえば経団連調査によると今夏ボーナスは前年比2.81%増。毎月勤労統計を発表する厚生労働省による調査では3.95%増だった。

ただ注意すべきは、こうしたアンケートでの調査対象は基本的には正社員であり、かつ対象企業も大企業が中心。一方、毎月勤労統計は、パート社員や再雇用された高齢者も調査対象であり、対象企業には中小企業も含まれる。一般的にエコノミストは、一国経済全体(マクロ経済)を対象とするはずだが、大企業・正社員の状況に目を奪われ、今夏ボーナスが減少したことに疑義を唱えるのは、単なる自己否定ないしは自己矛盾のようにみえる。日本経済全体でみた場合、今夏ボーナスは予想以上に弱かったと素直に認めるのが自然だろう。

今夏ボーナスが弱かった以上、今年冬のボーナス(今冬ボーナス)も弱いものになりそうだ。今夏ボーナスほど大きな落ち込みにはならないまでも、今冬ボーナスも前年比2%弱の減少が見込まれる。弱い伸びとはいえ一人当たり賃金(現金給与総額)は前年比プラスを維持し、雇用も増加基調で推移していることから、雇用者所得(雇用者全体でみた所得)も拡大を続けていると判断される。しかしボーナスが弱い分、家計所得の増加ペースは緩やかなものにならざるを得ない。結果として、個人消費の伸びは当分、実質で前年比1%弱と、冴えない状況が続くと予想される。


2015年10月15日木曜日

2期連続のマイナス成長の可能性が高まった日本景気

昨日(10月14日)のNY市場は、米経済指標や米地区連銀経済報告(ベージュブック)を受けてドル売りの流れが続いた。昨日発表された9月の米小売売上高は、前月比0.1%増と市場予想を下振れ。コア売上高は同0.3%減と市場予想を上回る落ち込みとなり、前月分もマイナスに下方修正。GDP算出に使われるコントロール売上高も同0.1%減と市場予想に反し減少となり、前月分も下方修正された。

同時に発表された9月の米PPIも弱く、前月比-0.5%と市場予想を上回る落ち込み。コアPPIも同-0.3%と市場予想に反しマイナスとなった。内訳をみると、食品価格が同-0.8%と5カ月ぶりの大きな落ち込み。エネルギー価格は同-5.9%と3カ月連続のマイナスとなり、落ち込み幅は8カ月ぶりの大きさとなった。

米地区連銀経済報告(ベージュブック)も市場に弱い印象を与えた。同報告では、8月中旬から10月初めまでの米経済活動が「引き続き緩やかに拡大した」と、前回報告の「引き続き拡大した」に「緩やか」という表現が加わり、米景気の減速感を示した。また製造業については、ドル高などを理由に、「ばらつきがあるものの直近は弱含んでいる」とされ、前回報告の「おおむね良好」から下方修正された。

ベージュブックでは、賃金と物価の伸びの弱さも指摘された。ニューヨーク地区では賃金上昇圧力が目立つようになり、サンフランシスコ地区では、最低賃金引き上げの影響が小売業中心に見られるようになったと報告されたが、大半の地区では、賃金は抑制されたままであると指摘。物価上昇圧力も抑制が続いており、エネルギーだけでなく、テクノロジー製品、農産物は物価下落が観測されたと報告されている。

為替市場では、2つの経済指標の結果を受けてドル円が119円台後半から119円台前半に下落。いったんは119円台半ば近辺に持ち直したが、米債利回りの低下が続いたことから、再び119円台前半に下落。ベージュブックが公表された後には118円台後半と、9月4日以来の安値を記録。ドル売りの動きが続くことになった。

市場の反応を見れば、米景気の先行き懸念が強まりを背景としたドル売りの反応、とまとめることができるが、興味深いのは米雇用環境の改善がベージュブックでも確認されたことだ。ベージュブックでは、雇用について、大半の地区で「緩やか、ないしは、適度に拡大した」と指摘。多くの地区では、熟練工を雇用することが難しく、場合によっては未熟練工ですら雇用が難しいとの報告もあった。

FOMC声明やFRBイエレン議長の見解によると、米雇用は改善が続いており、米景気は拡大が続き、いずれ賃金や物価は上昇ペースが加速することになる。しかし現実には、米景気は減速感が強まっており、賃金は上昇ペースが鈍いまま。物価は上昇するどころか下落気味である。為替市場はFOMCやイエレン議長の見方に懐疑的であることを示したといえる。FOMCやイエレン議長の見方が正しいのか、それとも為替市場の見方が正しいのかは、今後の米経済指標で確認されることになる。

じつは日銀も、米FOMCやFRBイエレン議長と同じように、雇用の改善を根拠に今後の景気拡大や物価上昇ペースの加速を見込んでいる。ただ米国と同じように、日本でも日銀の見方に説得力がなくなりつつある。本日(10月15日)に発表された8月の鉱工業生産(改定値)は前月比-1.2%と速報値の同-0.5%から大きく下方修正された。仮に9月の伸びが生産予測指数並みの前月比+0.1%に留まれば、7-9月期は前期比-2.0%と2期連続の減産となる。

日本の鉱工業生産はGDP成長率との連動性が高いことから、7-9月期のGDP成長率もマイナス成長の可能性が高くなってきたと言える。日本経済研究センターが13日発表した10月の「ESPフォーキャスト調査」によると、民間エコノミストが予測する7-9月期のGDP成長率は平均で前期比年率0.55%増と、前月調査時の1.67%増から約1%下振れた。予測値が低い8機関の平均では同0.36%減と、すでにマイナス成長が見込まれているが、8月の鉱工業生産の下振れを受けて、7-9月期の成長率もマイナスとなるとの見方が広がるだろう。

この結果、10月30日に予定されている日銀・金融政策決定会合に向けて、為替市場では追加緩和期待が盛り上がるのかもしれない。ただ先週、ご紹介したように、筆者は日銀が追加緩和に踏み切る可能性は低いとみている。仮に筆者の見通しと異なり、日銀が追加緩和に踏み切ったとしても、過去2回の緩和と異なり、追加緩和の規模は限定的なものになるだろう。黒田総裁のこれまでの発言を無視する形で、日銀が当座預金の付利引き下げに踏み切らなければ、追加緩和が決まったとしても円売りの動きは一時的なものに留まると予想される。

2015年10月9日金曜日

円安の動きが期待しにくい日銀による追加緩和

10月30日に予定されている金融政策決定会合で日本銀行が追加緩和に踏み切るとの期待が一部で続いているようだ。日本経済の最近の情勢を考えれば、こうした期待を無碍に否定することが難しいのも事実である。

日本景気は先行き懸念が強まっている。日本の鉱工業生産は8月に前月比-0.5%と市場予想に反し2カ月連続の低下。生産予測指数をもとに試算すると、7-9月期は前期比-1.1%と、2期連続の減産となる見通しで、日本のGDP成長率が2期連続のマイナスとなることも視野に入りつつある。

需要側から見ても日本景気の先行きを楽観視することは難しい。8月の実質消費支出は前年比2.9%増と市場予想に反し3カ月ぶりの高い伸び。ただ同月の実質現金給与総額は同0.2%増と市場予想を下振れ。今年初めには、消費税率の引き上げ効果が剥落する今年4月以降の実質所得の持ち直しが期待されていたが、4~8月の間での最大の伸びは7月の0.5%増。一方で6月は3.0%も減少した。実質所得の回復が弱い以上、実質消費に大きな期待を抱くのは無理がある。8月の実質消費が比較的高い伸びとなったのは、家計調査にありがちなサンプルバイアスによるものとも思え、このペースで実質消費が拡大を続けるとは考えにくい。

設備投資の先行き不透明感も強まっている。民間設備投資の先行指標とされる機械受注・民需(除く船舶・電力)は、8月が前月比5.7%減(前年比3.5%減)と市場予想に反し3カ月連続の減少。内閣府は機械受注の基調判断を2カ月連続で下方修正した。仮に9月の受注額が前月比横ばいとすると、7-9月期は前期比12.2%減と大きく落ち込むことになる。

9月調査の日銀短観では、今年度の設備投資(含む土地投資)計画が全規模・全産業で前年度比6.4%増と前回調査から上方修正され、昨年度から伸びが拡大。同計画を根拠に設備投資の先行きを期待する見方もあるが、同計画では今年度上期が前年同期比12.0%増となる一方で、今年度下期は同2.0%増と大きく減速。機械受注の結果から考えると、上期の設備投資は計画比未達となる可能性が高い。上期に積み残した設備投資が下期に実行されることも期待できるかもしれないが、8月以降、中国を始めとする世界景気の減速感は強まるばかり。むしろ下期の設備投資計画が下方修正され、結果的に設備投資が伸び悩む可能性を視野に入れた方が現実的のように思われる。

10月6、7日の金融政策決定会合では声明で、「企業の業況感は、一部にやや慎重な動きもみられるが、総じて良好な水準を維持している」との文言を追加。9月調査での日銀短観・大企業業況判断DIが高水準を維持したことを示唆したとみられるが、DIが改善したのは非製造業であって、景気との連動性が強い製造業DIは前回調査から悪化。非製造業についても、今年度の売り上げ計画は前年度比横ばいと前回調査から小幅下方修正される一方で、経常利益が前年度比5.6%増と前回調査から上方修正。非製造業での業況判断DIの改善は、最終需要の拡大を反映した増収によるものではなく、円安一服などでコストが抑えられたことで増益幅の拡大が見込まれる結果になったためと解釈できる。9月調査の日銀短観ですら、日本政府や日銀が期待するような景気拡大の好循環が途切れつつあることが示されたと言える。

日銀による前回の緩和が昨年10月末と、次回(今年10月30日)会合のちょうど1年前であることも、次回会合での追加緩和期待を醸成しているのかもしれない。ドル円は、昨年10月末の追加緩和を受け、109円台前半から112円台半ばに急伸。その後も上昇基調で推移し、12月初めには120円を突破した。ただ、足元のドル円は昨年12月初めと同じ120円台のまま。仮に日銀が次回会合で追加緩和を見送ると、ドル円の上方モメンタムも期待しにくくなり、(米利上げ開始の有無にもよるが)ドル円の前年比の伸びが12月に向けてゼロに近付く可能性が高まる。8月のコアCPIは前年比-0.1%と、2013年4月以来の前年割れ。2016年度前半頃とされている2%物価目標の達成時期が疑問視される中、ドル円(ひいては輸入物価)の伸び鈍化は、目標達成時期の再度の先送り観測を高める。

しかし、こうした事情は理解できるものの、次回会合での追加緩和の可能性は依然として低いと考えるのが自然のように思える。日銀・黒田総裁は、2%物価目標達成時期が、原油価格次第で後ずれする可能性を示しながらも、物価の上昇基調が確認できる限り追加緩和に踏み切らない姿勢を維持。8月の失業率は3.4%と前月から小幅上昇したが、依然として低水準のまま。同月の有効求人倍率は1.23倍と市場予想を上回り、1992年1月以来の高水準を記録するなど、黒田総裁が物価の基調を見る上で重要視している労働需給のひっ迫も変わっていない。

日銀が追加緩和に踏み切るとすれば、7-9月期のGDP成長率が2期連続のマイナスとなり、同期の需給ギャップのマイナス(需要不足超)幅が4-6月期からさらに拡大し、失業率や有効求人倍率が悪化に転じたことが確認された後だろう。この場合、最速で11月18、19日の次々回会合や12月会合での追加緩和期待が高まることになる。

しかし日銀が仮に追加緩和に踏み切ったとしても、追加緩和の内容次第では、為替市場が円安方向に大きく反応しない可能性も考えておくべきだろう。日銀の長期国債購入額は月間8~12兆円と、年率換算で市中発行額の9割以上。これ以上、国債買い入れ規模を拡大させることは難しく、買い入れ対象を国債ではなく、地方債や財投債、政府保証債に広げるとの見方も出ている。ただ、その場合でも、拡大できる月間購入額は、地方債、財投債の市場規模から考えて、せいぜい0.5兆円(年間6兆円)程度。過去2回の緩和と比べ、インパクト不足は否めない。

国債や地方債といった公的債券の購入規模拡大は、もはやできず、できるとすれば買い入れ年限の長期化くらいしかないとの見方もある。理屈の上では、日銀が取るリスク量が増え、イールドカーブのフラットニングが強まることになるだろうが、購入規模が広げられない中でのリスク量の拡大では、為替市場が円売りの動きを強めるとも考えにくい。

一部からは、日銀当座預金の超過準備にかかる0.1%の付利の引き下げや撤廃を期待する声も出ている。この場合、市中金利のマイナス化が促されるとの見方から円売りの動きが強まる展開も考えられる。

しかし日銀・黒田総裁は、付利の引き下げや撤廃を検討していないと言明。そもそも付利を引き下げてしまうと、金融機関が日銀当座預金に現金を積み上げるインセンティブが弱くなり、当座預金残高が減少する恐れも強まる。つまり量的・質的金融緩和の基本方針であるマネタリーベースの拡大と矛盾する。追加緩和を想定した円安シナリオは、直感的には理解しやすいものの、現実のものとして考えるには無理のあるものと思われる。

2015年10月1日木曜日

10月会合での日銀・追加緩和期待を後退させた日銀・短観の内容

本日(10月1日)発表された日銀・短観(9月調査)は、日本景気が製造業中心に低迷が続く可能性を示したものの、10月7日もしくは30日の日銀・金融政策決定会合での追加緩和期待を後退させる内容となった。

日銀・短観(9月調査)の大企業製造業の業況判断DIは、プラス12と前回(6月)調査から3ポイント悪化。3カ月先の見通しDIはプラス10と、悪化が続く見通しとなった。

一方、非製造業の景況感は、市場予想に反し前回調査から改善した。大企業非製造業の業況判断DIはプラス25と2ポイントの改善。受注が好調な建設業や需要が持ち直している不動産業が改善を続けたほか、物品賃貸(リース)も比較的大きな改善を示した。

興味深いのは、個人消費関連の非製造業でも改善がみられたことだ。小売業はプラス25と3ポイント改善。宿泊・飲食サービスはプラス31と5ポイントの改善。対個人サービスはプラス35と11ポイントも改善した。

家計調査など個人消費関連の経済指標は、伸び悩みが続いており、業況判断DIとの乖離がきになるところ。ただ、この理由は、非製造業の業況判断DIの改善が、増収(売上増)によるものではなく、増益率の加速によるものと考えられる。

日銀・短観の売上・収益計画によると、大企業非製造業の今年(2015年)度売上高は前年度比ほぼ横ばいで、前回調査からは下方修正。これに対し同年度の経常利益、当期純利益はともに前年度から増益率が加速し、前回調査からも上方修正された。増益率の加速が非製造業の業況判断の改善につながったと思われるが、非製造業での売り上げ伸び悩みも、日本景気の低迷を示していると言える。

昨日発表された8月の鉱工業生産は前月比-0.5%と、市場予想に反し2カ月連続のマイナス。製造工業生産予測調査によると、9月は8月並みに伸び悩む見通しとなった。仮に9月の鉱工業生産が同調査通りの結果となれば、7-9月期の鉱工業生産は前期比-1.1%と2四半期連続のマイナスとなる。

鉱工業生産と日銀短観は、年後半の日本景気が製造業を中心に低迷する可能性を示したと言え、金融市場では日本景気の先行き懸念が強まる展開となるだろう。日本のGDP成長率は、製造業との連動性が強い傾向にあることから、7-9月期の成長率が4-6月期に続きマイナスとなる可能性も否定できない。

日本景気の先行き懸念が強まれば、日銀による追加緩和の期待が盛り上がっても良さそうだが、今のところ、そうした動きは見られない。為替市場では日銀短観発表後のドル円が、120円手前から119円台後半に小幅下落(円高)となった。仮に日銀による追加緩和期待が盛り上がったのであれば、ドル円は多少なりとも上(円安)方向で反応するはずだ。

注意すべきは、日本景気が低迷を続ける一方で、日銀が需給ギャップを示唆するものとして注視する生産・営業用設備判断DIや雇用人員判断DIが、いずれも小幅ではあるが需要超過の方向に変化したことだ。生産・営業用設備判断DIは、全規模・全産業計でマイナス1、雇用人員判断DIは、同マイナス16と、いずれもと前期から1ポイント低下(不足超の方向に変化)した。

一部報道によると、日銀の黒田総裁は、9月28日の関西経済界との懇親会で、物価の基調は着実に回復している、との言い回しを繰り返し使ったと言う。各種報道では、生鮮食品だけでなくエネルギーも除いた消費者物価が前年比+1.1%と2013年4月の異次元緩和以降で最大の上昇率になったことが指摘されているが、今回の日銀・短観の内容が、同総裁の「物価の基調は回復」という見方をサポートしていることにも注目すべきだろう。今月予定されている2度の金融政策決定会合での追加緩和を期待するのは難しくなったと思われる。

2015年8月7日金曜日

冴えない展開が続く見込みの日本の個人消費

 日本の個人消費は今年度に入っても盛り上がりに欠けたままとなっている。6月の実質消費支出は前年比2.0%減と市場予想に反し前年割れ。4-6月期平均では同0.4%増と微増と、消費税率の引き上げで大きく落ち込んだ昨年4-6月期から、ほとんど回復していない。

 今年度の実質所得は、消費税率の引き上げによる効果が一巡する一方で、名目賃金がベアを背景に増勢を維持することから増加に転ずると期待されていた。しかし6月の実質所得は前年比2.9%減と昨年11月以来の落ち込み。一部企業でボーナスの支払い時期が5、7、8月に変更されたためとの説明がなされているものの、ボーナスを除く給与(きまって支給する給与)も、実質では前年比0.1%減と伸び悩み。ベアのおかげで所定内給与が増加したものの、残業代(所定外給与)が春先から減少に転じたことが響いている。

 所得が伸び悩んでいる要因の一つに、いわゆる非正規労働者のシェア拡大がある。常用雇用を一般労働者とパートタイム労働者に分けてみると、一般労働者が前年比1.5%増に留まっているのに対し、パートタイム労働者は同3.4%増と2倍以上のペースで拡大している。パートタイム労働者の賃金水準は、一般労働者よりも低く、定期昇給制度が行きわたっていないこともあって伸びも低い。結果として、労働市場全体でみた一人当たり賃金の伸びは、一般労働者だけでイメージしたものと違い弱いものとなる。パートタイム労働者の多くにはボーナスも支給されないことから、一部企業のボーナス支給が7、8月に後ずれしたとしても、現金給与総額の伸びが期待外れに終わる可能性もある。

 仮にボーナスの支給で7、8月の所得の伸びが加速したとしても、耐久消費財のストック調整を背景に、個人消費の伸びが期待されたほど盛り上がらない可能性もある。GDP統計における個人消費(国内家計最終消費支出)を財別にみると、耐久財消費は、消費税率の引き上げを控えた一昨年(2013年)10-12月期に前年比19.4%増、昨年(2014年)1-3月期に同25.6%増と2四半期連続で大幅増を記録。しかし、昨年4-6月期以降は前年割れが続いており、昨年7-9月期から今年1-3月期の3四半期は二桁の前年割れとなっている。

 耐久財消費は、いわゆるリーマンショック後に実施されたエコカー減税などもあって、2009年10-12月期から5四半期連続で前年比二桁のプラスを記録。その後も増勢基調は続いており、2009年10-12月期から消費税率の引き上げが実施される直前の2014年1-3月期までの間、耐久財消費が前年割れしたことは、1度(2012年10-12月期)しかない。

 白物家電の普及率はほぼ100%近くに達する中、乗用車に至っては少子高齢化を背景に保有台数は減少傾向で推移。携帯電話ですら普及率は95%近くに達し、スマートフォンに限っても普及率は60%を超えるなど、耐久消費財は日本中に行き渡っている。こうした中、過去5年もの間、耐久財消費が拡大を続けてきたのであれば、家計の耐久財ストックの過剰感は強まっていると考えるのが自然と思われる。

 耐久財ストックの過剰感が強いのであれば、たとえ所得が増加したとしても、家計は耐久財消費を控える可能性も考えられる。この考え方が正しいのであれば、日本の個人消費は、当面、サービスの拡大に期待するしかない。

 ただ、サービスの物価動向を示す持家の帰属家賃を除くサービス物価は、6月に前年比+0.9%と5月から加速し、賃金の伸びを上回っている。消費者マインドを示す消費者態度指数は、6月に41.7と昨年からは持ち直しているが、アベノミクスが喧伝された2013年の水準を下回ったまま。サービス消費の盛り上がりを期待することも難しく、日本の個人消費は冴えない展開が続くと思われる。

2015年6月25日木曜日

円相場次第の日本景気の「いい雰囲気」

日本景気は回復基調を強めている。第1四半期GDPは速報段階の前期比年率2.8%増から二次速報段階で同3.9%増に上方修正。個人消費は前期比0.4%増と小幅ながら3期連続でプラス。設備投資は消費税率引き上げ後に伸び悩んでいたが、第1四半期に前期比2.7%増と伸びが加速した。

今後も個人消費や設備投資は底堅く推移すると思われる。4月の現金給与総額は前年比0.7%増と今年最大の伸びを記録し、実質では同0.1%減と下げ止まった。消費者態度指数や景気ウォッチャー調査が示すように、消費者マインドも安定的に推移しており、個人消費は(緩やかかもしれないが)増加基調を維持するだろう。一方、設備投資の先行指標である機械受注(民需除く船舶電力)は4月に前年比3.0%増と5カ月連続でプラス。設備稼働率の低下など製造業の設備投資は先行き不透明感が強いものの、一部メディアが報じた設備投資計画などを考慮すると、設備投資も増勢基調が続くとみられる。

個人消費や設備投資の拡大は、日本景気の先行きに対する自信を深めるだろう。昨日(6月24日)、日経平均株価が終値で2万868円と、2000年4月に記録したITバブル時の最高値を超えたのも、日本景気の先行きに対する自信の表れと解釈できなくもない。一般メディアでの報道ぶりなどを見ると、日本景気は「いい雰囲気」にあるようだ。

日本景気が「いい雰囲気」になったのは、アベノミクスのおかげ、と思う方もいらっしゃるかもしれない。たしかに安倍政権は、その前の民主党政権に比べ、景気拡大や株価上昇に熱心な姿勢を露骨に示した。その結果が表れたという見方を完全に否定することはできない。

しかし、アベノミクス(ないしは安倍政権の姿勢)のおかげで日本経済が変わった、と考えるのも無理がある。そもそもアベノミクスの三本の矢のうち一本目(金融緩和)と二本目(財政拡大)は、伝統的な経済学に基づく景気刺激策。日本経済が変わっていないからこそ、日本景気はアベノミクスで拡大できたと言える。

三本目の矢(成長戦略)に対する期待は、株式市場関係者を中心に依然としてあるようだが、どちらかというと尻すぼみとなっている。米国とのTPP協議は、米国での法案成立の遅れもあって交渉妥結に至らないまま。規制改革については、農協改革や再生医療薬の承認までの期間短縮といった実績がある一方で、高度外国人材の活用や地熱発電関連は進展が見られない。安倍政権が22日に決めた成長戦略の素案は、官民対話の開始や中高年の転職や出向を受け入れる企業への助成制度の創設など、過去2回に比べ小粒となった。安倍政権の成長戦略に対する意気込みは認めたいものの、結果が伴わない印象が強まっている。

日本経済は変わらず、三本目の矢が期待外れであっても、日本景気が「いい雰囲気」になったからいいではないか、という声もあるようだ。たしかに、そういう考え方でもいいのかもしれない。ただ、現在の日本経済は、円安という追い風で救われている部分が相当あることを忘れてはならない。

日銀の黒田総裁が発言したように、日本円の実質実効レートは歴史的な低水準にあり、今後さらに低下する(円安になる)とは考えにくい。黒田総裁は、名目でのさらなる円安を否定したわけではないと釈明したが、仮に名目での円安が止まらず、実質実効レートが上昇に転ずるのであれば、それは日本の物価上昇が進むことを意味する。

日本の物価上昇が進めば、日銀の大規模緩和が終了に近付くことを市場は意識するだろう。黒田総裁は、出口戦略(大規模緩和の終了)を述べるのは時期尚早と繰り返すが、可能性を否定した直後に追加緩和に踏み切った実績があるだけに、市場は黒田総裁による出口戦略否定論を真に受けなくなるだろう。

安倍政権後の円安基調の大前提は、日銀による大規模緩和の実施。その前提が崩れてしまえば、円売りの動きは止まる。こうなるとあとは、ドル高による相対的な円安の進展を期待するしかなく、日本景気の先行き期待も後退しやすくなる。今の「いい雰囲気」の継続性を考えることは、円相場の先行きを考えることと同じのように思える。

2015年5月21日木曜日

1%程度の冴えない成長が続く見込みの日本景気

 昨日(5月20日)発表された日本の第1四半期GDPは、今後の日本の成長率が1%前後で伸び悩む可能性を示す内容となった。

 日本の第1四半期GDPは実質で前期比年率2.4%増と、2四半期プラスとなり、伸びは昨年第1四半期の4.9%増に次ぐ水準に加速した。市場予想では前期と同じ1.5%増程度の伸びに留まるとの見方が多かったことから、日本経済は市場予想を上回る成長となった、と言えなくもない。

2015年4月23日木曜日

ドル円は慎重な姿勢が続く見込み

 昨日発表された日本の通関統計によると、3月の輸出数量は、前年比3.3%増(前月比では2.5%程度の増加)と増加基調を維持。4月30日発表予定の3月の鉱工業生産は、市場予想で前月比-2.5%と2カ月連続の低下が予想されているが、製造工業生産予測調査によると4月は同+3.6%と反転が見込まれている。日本の生産活動は、第2四半期も拡大基調で推移するとの見方が優勢である。

 しかしマークイットが本日発表した4月の日本製造業PMIは49.7と3カ月連続の低下となり、昨年5月以来の50割れ。内訳をみると、新規受注で50割れが続いたほか、生産も昨年7月以来の50割れとなった。

 マークイットが主張するようにPMI内の生産と鉱工業生産は一定の連動性を有する。PMI内の生産が50割れを記録したことを考慮すると、4月に入っても鉱工業生産の低下が続く可能性は排除できない。

2015年4月15日水曜日

浜田宏一・内閣官房参与はドル円120円超を肯定

 安倍首相の経済ブレーンとされる浜田宏一・内閣官房参与(米エール大名誉教授)は4月13日、14日の2日間、日本の各種メディアに登場。メディアは、円相場に関する浜田氏の発言をいくつか報じた。見出しだけをみると、浜田氏の発言は二転三転している印象を与えたかもしれないが、発言内容を細かく確認すると、同氏の趣旨が一貫していることが分かる。つまり浜田氏は、今後も円安の動きが強まる可能性を否定していないと考えられる。

 以下は、米系メディア2社が、浜田氏の円相場に関する発言について報じたタイミング(掲載日時)と見出しを整理したものである。

2015年3月27日金曜日

ドル円が下落するまで期待するのは難しい日銀の追加緩和

 本日朝方は日本で数多くの経済指標が発表されたが、それらの結果は、日銀が4月に追加緩和に踏み切るとの見方をさらに後退させるものとなった。

 2月のコアCPI(総合CPIから生鮮食品を除くベース)は前年比+2.0%と市場予想を下回り、消費税率の引き上げ効果を除けば前年並みに鈍化。総合CPIから食料とエネルギーを除いたコアコアCPIも同+2.0%とやはり市場予想を下回った。同月の実質消費支出は前年比2.9%減と11カ月連続の前年割れ。小売業販売額は前月比でこそ0.7%増とプラスに転じたが1月の落ち込み(1.9%減)をカバーできず。原油安がインフレを抑制する、といっても、消費の回復がこうも弱いようでは、インフレの早期回復は期待できない。

 ただ、日銀の金融政策決定会合・声明文でも示されているように、日銀はコアCPIの前年比が当面、0%程度で推移すると見通し済み。今回のコアCPIの伸び鈍化は、日銀に言わせれば「想定通り」となる。

 日銀・黒田総裁が物価の中長期的な動向を決める要因として指摘する需給ギャップと予想物価上昇率の動きは、日銀の追加緩和を否定する結果となっている。2月の失業率は3.5%と前月から低下。有効求人倍率は1.15倍と1992年3月以来、約23年ぶりの高水準に上昇した。一方、消費動向調査で示される1年後の物価見通しは、上昇するとの回答割合が87.3%と昨年10月の追加緩和以降、高止まりのままである。

 春闘の結果を見極めたいとの思惑もある。連合が26日発表した2015年春闘の中間集計結果によると、25日午後3時時点での平均賃上げ率は2.36%と、前年の同時期の2.23%を上回る水準。すでに現金給与総額は昨年12月から2カ月連続で前年比1%超の伸び。雇用環境だけでなく所得環境も改善が続くのであれば、需給ギャップが需要庁の方向に拡大するとの見方も説得力を増す。

 コアCPIが前年並みに落ち込み、消費の回復も弱いということであれば、4月7、8日の次回会合や、統一地方選が終わった4月30日の会合での追加緩和は自然なものとなるが、日銀・黒田総裁のロジックがそれを許さない。また黒田総裁は、2%のインフレ目標が達成する時期として「2015年度を中心とする期間」と述べ、達成時期が2016年度以降にずれ込むことを暗に容認している。これでは、日銀が目標達成に少しでも早く到達すべく、4月の会合で追加緩和をするというストーリーも考えにくくなる。すでに為替市場では、日銀の4月の追加緩和観測がかなり後退している。

 そうした中、足元では6月の米利上げ期待の後退を背景にドルが軟調に推移している。25日に発表された2月の米耐久財受注は前月比1.4%減と市場予想に反しマイナス。GDP算出に用いられるコア資本財出荷は2月こそ前月比0.2%増とプラスとなったが、1月は0.4%減と下方修正。市場関係者による第1四半期の米GDP見通しも下方修正されている。

 3月の米FOMCは声明で利上げの条件として、労働市場(雇用)のさらなる改善と中期的にインフレが2%目標に戻るとの合理的な自信が持てることを挙げている。雇用の改善は見込めても、成長率が低ければ、たとえ利上げを目指すFRBイエレン議長としても、インフレが2%に戻ると「合理的な」自信があるとは言い難い。

 頼みのドル高ストーリーも期待しにくくなったことで、ドル円は当面、120円を目途に上値の抑えられる展開が続くだろう。4月3日に発表される3月の米雇用統計がたとえ好結果だったとしても、平均時給の伸びが高まることがなければ、6月の利上げ開始期待は盛り上がりにくい。米小売売上高など3月の米景気指標が2月に続いて弱いようだと、ドル買いどころかドル売りの流れすら起こり得る。この場合、ドル円の下値の目途は116円ちょうど近辺まで広がる。この時になって、ようやく日銀は、表向きの理由は後で考えるとして、追加緩和の検討に本腰を入れるのだろう。

2015年3月12日木曜日

世界的な金融緩和競争に勝つべく日銀は4月にサプライズ緩和か

 3月5日のECB理事会、3月6日に発表された2月の米雇用統計の二つを受けて為替市場はドル買いムードを強めている。ECB理事会があった3月5日から11日までの間、ドルは主要国(G10)通貨、新興国通貨のほぼ全てに対し上昇。ドルは対ユーロで4.4%、対ブラジルレアルで4.0%それぞれ上昇した。

 興味深いのは、ドルが対円では1.1%の上昇と、G10通貨の中で最も低い上昇に留まったことだ。新興国通貨の中で円より上昇率が低かったのは、台湾、フィリピン、インドといったアジア通貨の一部とトルコリラくらい。言い換えると、円はドルに対しては下落したものの、他通貨のほとんどに対しては上昇したことになる。

 為替市場でドル高ムードが強まっている一方で、円売りの動きが弱いのは、日銀の追加緩和期待が大きく後退しているからだろう。日本景気は今年に入って回復基調が強まっており、今年前半の成長率は年率2%近くに達するとの見方が大勢となっている。

 景気回復の原動力は、外需の拡大と原油安によるコスト負担感の軽減だ。2月の景気ウォッチャー調査では、現状判断が50.1と7カ月ぶりに50を超えた。具体的な回答をみると、都心の店舗を中心に外国人観光客による売り上げが好調、ガソリン価格の低下で消費者が少しお金に余裕が出てきた、といった声がみられる。

 2%の物価目標を掲げる日銀にとって原油安は逆風だが、日本景気にとっては追い風だ。4月に統一地方選挙を控える政府・与党とすれば、物価がどうであれ景気回復が続くことが重要。日銀は、政府・与党に気を使い、当面、追加緩和は控える、との見方が為替市場で広がるのも無理はない。

 仮に市場の見方通り、日銀が追加緩和の見送りを続けると、円はドルを除く通貨に対し強含む展開が続くと予想され、特に新興国通貨に対しては、円高が進みやすくなるだろう。今年に入り、新興国は利下げ姿勢を強めており、これまで利下げに消極的だったインド、中国、インドネシア、タイ、韓国とアジア各国も利下げに動いている。日銀は世界各国に先んじて大型金融緩和に踏み切ったが、足元では、後からやってきた各国に金融緩和(自国通貨安)競争で後塵を拝する格好となっている。

 日銀の黒田総裁は、こうした状況を当然、認識しており、日本が世界経済において「相対的に」金融緩和に消極的な国と位置付けられることに危機感を覚えているのではなかろうか。4月の統一地方選の終了後に開催される4月30日の日銀・金融政策決定会合でのサプライズ緩和の可能性は市場が見込むほど低いものではないと思われる。

2015年1月21日水曜日

物価目標への強いコミットメントを示した日銀・黒田総裁

日銀は21日、金融政策決定会合にて金融政策運営方針を据え置き。日銀の黒田東彦総裁は、会合決定後の会見で、当座預金の超過準備への付利引き下げの可能性を事実上否定。日銀による追加緩和期待は後退し、為替市場は円買いの反応となった。しかし筆者は、黒田総裁が追加緩和の可能性を否定していることはなく、むしろ追加緩和の実施を視野に入れたままと考えている。

日銀は21日の金融政策決定会合で金融政策運営方針を据え置き。銀行貸出の拡大を主目的とした金融機関への各種資金供給策については、期限が1年延長され、資金供給策の一部で総枠が7兆円から10兆円に引き上げられたものの、一部で期待されていた当座預金の超過準備への付利引き下げについては言及すらなされなかった。景気の基調判断も「緩やかな回復を続けている」との表現が続けられるなど、総じて見れば現状維持の印象を強める内容だった。

一方で、予想通りとはいえ、日銀は物価見通しを引き下げた。「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」の中間評価では、2015年度のコアCPI(消費者物価指数除く生鮮食品)見通しが、消費税率引き上げの影響を除くケースで+0.4~1.3%(中央値は+1.0%)と、10月末時点の+1.1~1.9%(同+1.7%)から大きく下方修正された。

物価見通しが大きく下方修正されたにもかかわらず、金融政策は現状維持の結果となったことで、金融政策決定会合の結果発表後の総裁会見は大きく注目された。ただ黒田総裁の会見冒頭の説明は、これまでの内容を踏襲するもの。黒田総裁は、これまでの会見や講演と同じように、物価の中長期的な動向を決めるものは、基本的には需給ギャップと予想物価上昇率(インフレ期待)の2つだと指摘。需給ギャップは、潜在成長率を上回る成長が実現するもとで、改善傾向をたどるとし、予想物価上昇率はBEI(ブレーク・イーブン・インフレ率、固定利付国債と物価連動債の利回り格差)は低下しているものの、サーベイ調査でみた予想物価上昇率は総じて維持されているとした。

黒田総裁が指摘するように需給ギャップも予想物価上昇率も大きな変化はみられない。日銀は、昨年7-9月期の需給ギャップが-0.3%と前期(-0.2%)から小幅悪化したとする試算を公表したが、需給ギャップとほぼ同様のトレンドを示す「短観加重平均判断DI」(日銀短観の生産・営業用設備判断DIと雇用人員判断DIを加重平均したもの)は緩やかな改善が継続。昨年12月のDIの「不足」超幅は1992年5月以来の水準に拡大し、先行きも「不足」超幅の拡大が続くと見込まれている。

製造工業生産能力指数は、2012年末から低下基調で推移。昨年11月は94.9と1986年3月以来と30年近く前の水準まで低下した。ここまで生産能力が削減されれば、需要が多少縮小しても、設備過剰感が短期間に大きく強まるとは考えにくくなる。

労働需給もひっ迫感の強い展開が続くと予想される。日本の労働力人口は、少子高齢化の進展を背景に1997年半ばをピークに減少基調で推移。一方で有効求人数は、2010年から増加基調で推移。よほど大きな雇用調整ショックでも生じない限り、労働需給のひっ迫感が大きく後退するとは考えにくい。

予想物価上昇率も家計・企業・エコノミストなどのサーベイ調査では高水準を維持している。日銀が予想物価上昇率を示すサーベイ調査として参照する内閣府の「消費動向調査」や、日銀の「生活意識アンケート調査」をみると、1年後に物価が「上がる」との回答割合は、2013年夏場から昨年末まで概ね80%を超える水準のまま。日銀短観の企業の物価見通しでも、1年後の物価全般の見通し(平均)は12月調査で+1.4と大きな変化を見せていない。昨年4月の消費税率の引き上げを機に日本の景気指標は軟調な推移が続いているだけに、各種サーベイ調査による予想物価上昇率は堅調ぶりが目立つ。

総裁会見での質疑応答では、会合での当座預金の超過準備への付利引き下げの議論の有無について質問がなされたが、黒田総裁は超過準備への付利の引き下げについて議論は全くなかったと明言。総裁が重視する需給ギャップや予想物価上昇率に大きな変化がなく、一部で期待されていた付利引き下げは議論すらなかったことで、早期の追加緩和観測が大きく後退した。

しかし同会見で注目すべき点は、付利の引き下げの有無ではなく、2%の物価安定目標に対する黒田総裁のコミットメントの強弱にあったと思われる。筆者の印象では、黒田総裁は目標に対するコミットメントを弱めておらず、むしろ今回の会見で自身のコミットメントの強さを示した。

黒田総裁は、会見での質疑応答で、2015年度を中心とする期間に2%の物価上昇を達成する可能性が高いとの見解を改めて表明。原油価格の動向次第で「(達成時期が)多少前後する可能性はある」とも述べたが、達成時期が2016年度にずれ込む可能性について明確な回答を求める質問に対しても、「15年度を中心とする期間」との表現を繰り返すのみ。達成時期が前後に若干はみ出る部分はあることは認めつつも、達成する時期がどの程度ずれ込むかについては、最後まで具体的な表現を避け、最後には「わざわざ2016年度に入ると言っているわけでもない」と述べ、「2016年度」という言葉を口にすることすら嫌がるそぶりを見せた。

また黒田総裁は、2%目標の達成時期が「多少前後する」との表現を指摘され、2013年4月の量的・質的金融緩和導入時よりも日銀のコミットメントが弱まったのではないかとの質問に対し、2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に2%の物価安定目標を達成すると導入当初から述べたと強く反論。その後のレポートでも、2015年度を中心とする期間に2%に達する可能性が高いという見通しを申し上げたとし、現時点でもコミットメントの強さに全く変更はないと強調した。

展望レポートで示された2015年度物価見通しは、中央値で+1.0%と2%目標から遠く離れる形で下方修正。しかし追加緩和は見送られ、需給ギャップと予想物価上昇率の2つを理由に2%目標は当初の見通し通りのタイミングで達成するとされた。市場が日銀の追加緩和姿勢の後退を感じたのも無理はない。

ただ注意すべきは、2%目標に対する総裁のコミットメントは、質疑応答での態度や言動から推察するに相当強いものだということだ。むしろ黒田総裁は2%目標の実現に向けて、追加緩和の実施を視野に入れていると考えた方が自然に思える。

注意すべき点は、黒田総裁が予想物価上昇率の好転モメンタム(勢い)が弱まる可能性を指摘したことだ。同総裁は、質疑応答の終盤で、ここまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅れてしまうリスクがあると指摘。10月末の追加緩和を例に出し、どういう理由であれ、期待インフレ率にマイナスの影響が生じ、2%の物価安定目標の達成が難しくなる状況になれば、躊躇なく金融を調整すると述べている。この表現は、過去の会見、講演、国会証言等々で何度も使われたものだ。

ロジカルに考えれば、日銀の追加緩和の有無は、予想物価上昇率を示す各種サーベイ調査での物価見通しの強弱から判断されることになる。しかし、さらに注意すべきことは、たとえサーベイ調査で物価見通しに変わりはなくても、黒田総裁が追加緩和に踏み切る可能性があることだ。現に10月末の追加緩和実施前のサーベイ調査での予想物価上昇率には大きな変化が見られなかった。

これに対する黒田総裁の見解(弁解)は、12月の金融政策決定会合後の会見で明快に述べられている。同総裁は、予想物価上昇率が大きく変わらなかったにもかかわらず10月に追加緩和に踏み切った理由として、消費を中心として内需が弱い状況が続き、物価上昇率が次第に下がってきており、その上、原油も大幅に下がって、これがさらに物価上昇率を下げる可能性がある中で、予想物価上昇率が下がっていく「懸念」があったと指摘。その後、追加緩和によって予想物価上昇率は維持されたとの見方を示している。

経済は自然科学と違い実験ができないため、10月末の追加緩和によって予想物価上昇率が維持されたのか、それとも追加緩和がなくても予想物価上昇率は維持されたのかを確認することはできない。しかし、ここで重要な点は、黒田総裁の見解の客観的な(もしくは学術的な)正しさを確認することではなく、黒田総裁が、予想物価上昇が下がる「懸念」を持てば、たとえサーベイ調査などで予想物価上昇率が下がらなくても追加緩和をする可能性があることだ。

日銀ウォッチャーなど市場関係者の多くは、日銀の追加緩和の有無を考える際に、物価上昇率やBEI、需給ギャップや予想物価上昇率などといった客観的な情報を拠り所にしたいところだ。しかし、黒田総裁の発言を確認すればするほど、客観的な情報から追加緩和の有無を考えるのは無理があるように感じてしまう。むしろ市場関係者は、黒田総裁のインフレ期待に関する主観を重視すべきのように思える。ただ、黒田総裁でない限り総裁の主観を正確に把握することはできない。

結局、市場関係者は、客観的な情報から黒田総裁の主観を読み解くという非常に難解な作業を続けざるを得ない。原油安や物価鈍化といった客観情報は、日銀の追加緩和の必要性を示しているため、市場はいずれ日銀の追加緩和期待を再び強めるだろう。追加緩和の実際のタイミングは見定めにくいものの、ドル円相場は客観情報に基づく緩和期待を背景に底堅い動きが予想される。