2015年10月9日金曜日

円安の動きが期待しにくい日銀による追加緩和

10月30日に予定されている金融政策決定会合で日本銀行が追加緩和に踏み切るとの期待が一部で続いているようだ。日本経済の最近の情勢を考えれば、こうした期待を無碍に否定することが難しいのも事実である。

日本景気は先行き懸念が強まっている。日本の鉱工業生産は8月に前月比-0.5%と市場予想に反し2カ月連続の低下。生産予測指数をもとに試算すると、7-9月期は前期比-1.1%と、2期連続の減産となる見通しで、日本のGDP成長率が2期連続のマイナスとなることも視野に入りつつある。

需要側から見ても日本景気の先行きを楽観視することは難しい。8月の実質消費支出は前年比2.9%増と市場予想に反し3カ月ぶりの高い伸び。ただ同月の実質現金給与総額は同0.2%増と市場予想を下振れ。今年初めには、消費税率の引き上げ効果が剥落する今年4月以降の実質所得の持ち直しが期待されていたが、4~8月の間での最大の伸びは7月の0.5%増。一方で6月は3.0%も減少した。実質所得の回復が弱い以上、実質消費に大きな期待を抱くのは無理がある。8月の実質消費が比較的高い伸びとなったのは、家計調査にありがちなサンプルバイアスによるものとも思え、このペースで実質消費が拡大を続けるとは考えにくい。

設備投資の先行き不透明感も強まっている。民間設備投資の先行指標とされる機械受注・民需(除く船舶・電力)は、8月が前月比5.7%減(前年比3.5%減)と市場予想に反し3カ月連続の減少。内閣府は機械受注の基調判断を2カ月連続で下方修正した。仮に9月の受注額が前月比横ばいとすると、7-9月期は前期比12.2%減と大きく落ち込むことになる。

9月調査の日銀短観では、今年度の設備投資(含む土地投資)計画が全規模・全産業で前年度比6.4%増と前回調査から上方修正され、昨年度から伸びが拡大。同計画を根拠に設備投資の先行きを期待する見方もあるが、同計画では今年度上期が前年同期比12.0%増となる一方で、今年度下期は同2.0%増と大きく減速。機械受注の結果から考えると、上期の設備投資は計画比未達となる可能性が高い。上期に積み残した設備投資が下期に実行されることも期待できるかもしれないが、8月以降、中国を始めとする世界景気の減速感は強まるばかり。むしろ下期の設備投資計画が下方修正され、結果的に設備投資が伸び悩む可能性を視野に入れた方が現実的のように思われる。

10月6、7日の金融政策決定会合では声明で、「企業の業況感は、一部にやや慎重な動きもみられるが、総じて良好な水準を維持している」との文言を追加。9月調査での日銀短観・大企業業況判断DIが高水準を維持したことを示唆したとみられるが、DIが改善したのは非製造業であって、景気との連動性が強い製造業DIは前回調査から悪化。非製造業についても、今年度の売り上げ計画は前年度比横ばいと前回調査から小幅下方修正される一方で、経常利益が前年度比5.6%増と前回調査から上方修正。非製造業での業況判断DIの改善は、最終需要の拡大を反映した増収によるものではなく、円安一服などでコストが抑えられたことで増益幅の拡大が見込まれる結果になったためと解釈できる。9月調査の日銀短観ですら、日本政府や日銀が期待するような景気拡大の好循環が途切れつつあることが示されたと言える。

日銀による前回の緩和が昨年10月末と、次回(今年10月30日)会合のちょうど1年前であることも、次回会合での追加緩和期待を醸成しているのかもしれない。ドル円は、昨年10月末の追加緩和を受け、109円台前半から112円台半ばに急伸。その後も上昇基調で推移し、12月初めには120円を突破した。ただ、足元のドル円は昨年12月初めと同じ120円台のまま。仮に日銀が次回会合で追加緩和を見送ると、ドル円の上方モメンタムも期待しにくくなり、(米利上げ開始の有無にもよるが)ドル円の前年比の伸びが12月に向けてゼロに近付く可能性が高まる。8月のコアCPIは前年比-0.1%と、2013年4月以来の前年割れ。2016年度前半頃とされている2%物価目標の達成時期が疑問視される中、ドル円(ひいては輸入物価)の伸び鈍化は、目標達成時期の再度の先送り観測を高める。

しかし、こうした事情は理解できるものの、次回会合での追加緩和の可能性は依然として低いと考えるのが自然のように思える。日銀・黒田総裁は、2%物価目標達成時期が、原油価格次第で後ずれする可能性を示しながらも、物価の上昇基調が確認できる限り追加緩和に踏み切らない姿勢を維持。8月の失業率は3.4%と前月から小幅上昇したが、依然として低水準のまま。同月の有効求人倍率は1.23倍と市場予想を上回り、1992年1月以来の高水準を記録するなど、黒田総裁が物価の基調を見る上で重要視している労働需給のひっ迫も変わっていない。

日銀が追加緩和に踏み切るとすれば、7-9月期のGDP成長率が2期連続のマイナスとなり、同期の需給ギャップのマイナス(需要不足超)幅が4-6月期からさらに拡大し、失業率や有効求人倍率が悪化に転じたことが確認された後だろう。この場合、最速で11月18、19日の次々回会合や12月会合での追加緩和期待が高まることになる。

しかし日銀が仮に追加緩和に踏み切ったとしても、追加緩和の内容次第では、為替市場が円安方向に大きく反応しない可能性も考えておくべきだろう。日銀の長期国債購入額は月間8~12兆円と、年率換算で市中発行額の9割以上。これ以上、国債買い入れ規模を拡大させることは難しく、買い入れ対象を国債ではなく、地方債や財投債、政府保証債に広げるとの見方も出ている。ただ、その場合でも、拡大できる月間購入額は、地方債、財投債の市場規模から考えて、せいぜい0.5兆円(年間6兆円)程度。過去2回の緩和と比べ、インパクト不足は否めない。

国債や地方債といった公的債券の購入規模拡大は、もはやできず、できるとすれば買い入れ年限の長期化くらいしかないとの見方もある。理屈の上では、日銀が取るリスク量が増え、イールドカーブのフラットニングが強まることになるだろうが、購入規模が広げられない中でのリスク量の拡大では、為替市場が円売りの動きを強めるとも考えにくい。

一部からは、日銀当座預金の超過準備にかかる0.1%の付利の引き下げや撤廃を期待する声も出ている。この場合、市中金利のマイナス化が促されるとの見方から円売りの動きが強まる展開も考えられる。

しかし日銀・黒田総裁は、付利の引き下げや撤廃を検討していないと言明。そもそも付利を引き下げてしまうと、金融機関が日銀当座預金に現金を積み上げるインセンティブが弱くなり、当座預金残高が減少する恐れも強まる。つまり量的・質的金融緩和の基本方針であるマネタリーベースの拡大と矛盾する。追加緩和を想定した円安シナリオは、直感的には理解しやすいものの、現実のものとして考えるには無理のあるものと思われる。