2014年1月20日月曜日

「政治の季節」迎える新興国通貨の投資リスク(ロイター)

今年前半の新興国通貨は、昨年後半に引き続き対ドルで軟調な推移が続くと予想される。先進国景気は米国を中心に底堅く推移すると思われるが、新興国景気は中国の回復ペースが緩慢なこともあり大きく拡大することは期待しにくい。
 
米連邦準備理事会(FRB)が資産買い入れ、いわゆる量的緩和(QE)の縮小を続けることも新興国通貨の下押し要因となる。FRBはQE縮小でも金融緩和を維持と説明しているが、昨年5月にバーナンキFRB議長がQE縮小の可能性を示してからの市場の反応を見ると、新興国投資のポートフォリオ構成に少なからぬ影響を与えていると考えたほうが自然だ。QE縮小の継続により米債利回りの上昇圧力が今後も強まれば、新興国からの資本流出懸念が続くことになる。
 
ただ、こうした環境下であったとしても、新興国通貨が一方的に対ドルで下落するわけではなく、買い戻される場面も出てくるだろう。市場関係者の多くは今年の先進国景気を比較的楽観視しているが、経済指標などを通じて先行き懸念が少しでも強まれば、下落した新興国通貨を見直す動きも出やすくなる。
 
年後半に入れば、新興国景気の回復期待も強まりやすくなるだろう。年前半に新興国通貨が軟調な推移となれば、通貨安効果で輸出が刺激される。先進国景気の拡大が続けば、一部の新興国への波及効果も期待しやすくなる。しかし、景気回復期待が強まったとしても、新興国通貨を買い戻す動きが大きく強まることは期待できない。年後半に入ると、2015年の米利上げ観測を背景に米債利回りの上昇圧力が強まりやすくなる。新興国への資本流入は米債利回りの上昇で抑制される状態が続くと思われる。
 
今年はいくつかの新興国で選挙が実施されることに注意を払う必要がある。具体的には、タイ、南アフリカ、インド、インドネシア、トルコ、ブラジルだ。新興国では内政の不確実性が経済政策の失敗につながることが多い。選挙結果によって市場の見方が大きく変わり、大きな混乱が生ずる恐れもある。以下、大型選挙を控える上記6カ国の政治情勢と経済ファンダメンタルズについて、注目すべき点を整理した。
 
<タイ:景気減速感が強まる恐れ>
 
タイでは原稿執筆時点では2月2日に総選挙が実施される予定だが、インラック首相が反政府デモ拡大を受けて総選挙を延期するとの見方が強まっている。
 
インラック首相は当初、議会解散で反政府勢力に譲歩しながらも、総選挙実施で権力基盤の再構築を狙っていたようだ。しかし、反政府勢力は現政権の即時退陣を要求しており、デモ隊が税関をはじめとする政府施設を包囲するなど、勢いは増す一方だ。一部メディアはインラック首相がプラユット陸軍司令官に電話で辞意を示唆したものの、その後、辞意を撤回したと報じた。総選挙を経ずに政権が交代する可能性も出てきた。
 
反政府勢力の勢いがさらに増し、政局の先行き不透明感が強まれば、景気にも悪い影響が出てくるだろう。昨年第3四半期の国内総生産(GDP)は前年比2.7%増と2四半期連続で減速するなど、タイ景気は反政府デモが拡大する前から減速している。
 
タイ中銀は昨年11月に市場予想に反し25ベーシスポイント(bp)の利下げを実施したが、景気減速を背景に追加利下げに踏み切るとの見方も根強い。現政権が計画した大規模インフラ投資計画が中止に追い込まれるようだと、景気の減速感はさらに強まるだろう。
 
<南アフリカ:高まる通貨安圧力>
 
南アフリカでは4月に総選挙が予定されている。与党アフリカ民族会議(ANC)の支持率はここ数年で低下しているものの、総選挙で敗北することはないと思われる。注目すべきは、総選挙前後の財政赤字の動向だ。
 
ANCは総選挙を控え、景気刺激策として財政拡大路線を強める可能性がある。また、たとえ総選挙後であっても、ANCの得票率が09年の総選挙で獲得した65.9%を大きく下回り、60%を下回るようだと、財政を拡大させることで支持率の引き上げを狙う可能性もある。財政赤字の拡大は、同国の格下げリスクを通じ、南アフリカ・ランドの下押し圧力を高めるだろう。
 
南アフリカのインフレは景気低迷を背景に鈍化傾向で推移している。このまま同国のインフレが鈍化を続けるようであれば、南ア中銀は利下げに踏み切ると思われる。ただ、鉱山や自動車工場でぼっ発した労働者ストの影響もあって社会不安は強まったままだ。たとえ利下げが実施されたとしても、消費や設備投資が早期に拡大するとは考えにくく、単に南アフリカ・ランドの下押し圧力が増すだけと思われる。
 
<インド:財政懸念に注意必要>
 
インドでは5月に総選挙が実施される。昨年12月の地方選挙で、野党インド人民党(BJP)が複数の主要地域で勝利したことから、10年間にわたる国民会議派の連立政権時代が終焉するとの見方が強まっている。ただし、仮にBJPが総選挙に勝利したとしても、インド経済の先行きに対し過度な楽観視はすべきではない。同国は多くの構造問題を抱えており、いずれの政党が政権を握っても構造問題を早期に解決することは難しい。
 
これはインド中銀に対しても同じことが言える。市場はラジャン中銀総裁に対し強い期待を抱いているようだが、金融政策だけでインドのファンダメンタルズが大きく改善するとは考えにくい。
 
インドの財政懸念にも注意が必要だろう。総選挙を前に現政権が財政拡大策をとる可能性は十分にある。財政赤字の拡大は南アフリカと同様にインドの格下げリスクを高めることになる。
 
<インドネシア:持続的な通貨高は期待薄>
 
インドネシアでは4月に総選挙、7月に大統領選挙を控えている。世論調査によると、総選挙ではメガワティ前大統領率いる野党の闘争民主党(PDIP)が勝利する可能性が高い。一方、大統領選では現職のユドヨノ大統領が規定により3期目の立候補ができない。有力候補としてはPDIPのメガワティ前大統領に加え、ジャカルタ特別州のジョコウィ知事が注目されている。
 
ジョコウィ知事は新時代のリーダーとしてカリスマ的な人気を誇っている。世論調査では同知事の支持率は2位を20%以上引き離しており、民主党やゴルカル党など他党の支持層からも支持を集めている。ただ、知事自身は大統領選への出馬について明確な姿勢を示していない。
 
仮にジョコウィ知事が大統領選に出馬すれば当選する可能性が高いだろう。同知事は軍や財閥といった既得権益層との関係が薄く、汚職撲滅に尽力した実績も持つ。また、外資系企業の許認可手続きなどで透明性を高める姿勢を示していることから、大統領に当選すれば市場は好感し、インドネシア・ルピアが買われる場面も出てくるだろう。
 
しかし、同国の成長率は利上げの影響もあって潜在成長率を下回っている。高インフレや経常赤字縮小の遅れなどもあって、大統領選がどのような結果になっても、インドネシア・ルピアの上昇基調が続く展開は考えにくい。
 
<トルコ:米債利回り上昇に脆弱なリラ>
 
トルコでは3月に地方選、8月に大統領選挙が予定されている。足元ではエルドアン政権を巻き込んだ汚職疑惑が表面化するなか、首都アンカラを含む15の県の警察トップが一斉に更迭されるなど政情不安が指摘されている。エルドアン首相は大統領権限を強化する政治制度への移行に前向きであることから8月の大統領選に出馬するとの見方が強まっているが、政局不安を背景に3月の地方選の結果次第では出馬を取りやめる可能性もある。
 
昨年11月のトルコ経常収支は39.4億ドルの赤字と市場予想を上回る改善となり、対外収支悪化に歯止めがかかってきた。ただ、トルコの対外ファイナンスは証券投資に依存する割合が高く、トルコ・リラの値動きは市場のセンチメントに左右される状態のままである。
 
トルコ中銀はドル売り介入でトルコ・リラの下落を抑制しようとしているが、同国の外貨準備は他新興国に比べ規模が小さく、無制限に介入が続けられるわけではない。トルコ中銀が利上げに踏み切るまでトルコ・リラは米債利回りの上昇に脆弱な動きを続けると思われる。
 
<ブラジル:追加利上げで景気下押しも>
 
ブラジルでは10月に総選挙と大統領選が実施される。ルセフ現大統領が再選されるとの見方が根強いが、ペルナンブコ州知事として知名度の高いブラジル社会党のカンポス氏が、前回総選挙で2000万票も獲得したシルバ氏と連携したことで、政権交代の可能性も捨てきれない。
 
落ち着きを見せていたブラジルのインフレ圧力が再び強まる兆しを示している点にも注意が必要である。昨年12月のブラジル拡大消費者物価指数(IPCA)は前年比プラス5.91%と市場予想を上回る伸びとなった。ブラジル中銀はインフレ圧力を抑制すべく今月16日に市場予想を上回る50bpの利上げに踏み切ったが、ブラジル・レアルが軟調に推移すれば、輸入物価の上昇を通じインフレ圧力が高止まりし、追加利上げを迫られる展開もあり得る。さらなる利上げはブラジル景気を下押しし、ルセフ現大統領の支持率低下にもつながりかねない。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPTYEA0J01Y20140120?sp=true