2016年2月5日金曜日

構造改革を阻害する可能性がある日銀のマイナス金利

日銀は1月29日、マイナス金利付き量的・質的金融緩和(マイナス金利付きQQE)の導入を決定した。ただ、決定からすでに1週間が経ったにもかかわらず、マイナス金利付きQQEの評価が定まっていない。

あくまで印象論でしかないが、業務経験の長いエコノミストほど、マイナス金利付きQQEに対して否定的な見方を表明している。日銀・黒田総裁は、これまでマネタリーベースを拡大することで2%物価上昇目標を達成すると公言してきたが、今回の決定ではマネタリーベースの拡大ペースは年率80兆円で変わらず。一方で、マイナス金利の導入を決定直前まで否定していたにもかかわらず、3つ目の次元としてマイナス金利を導入。とはいえ、マイナス金利が適用されるのは250兆円程度ある当座預金のうちの10~30兆円程度。200兆円は従来通り0.1%の金利が適用されるため、当座預金残高全体でみた場合、日銀から市中銀行には(金額は減少するものの)これまで通り金利が支払われる。日銀の政策意図が不明確という指摘も多い。

日銀は、当座預金のうちゼロ金利が適用されるマクロ加算残高を適宜増加させることで、マイナス金利が適用される政策金利残高を10~30兆円程度に維持する意向を示しているが、黒田総裁はマイナス金利のマイナス幅を広げる可能性もあると発言。ならば、ゼロ金利が適用されるマクロ加算残高を変更しなければいいだけとの指摘もある。

実体経済に対する追加的な効果が期待できないとの声も多い。マイナス金利の導入で円債利回りは8年債までマイナスとなるなど、日本国債のイールドカーブは全体的に下方シフト。これにより市中銀行は日本国債による運用が難しくなるが、たとえイールドカーブが下がり、貸出金利が多少下がったとしても、日本企業の資金需要が高まるとは考えにくい。結果として、市中銀行は貸出を増やすことなく、マイナス金利であっても日本国債での運用を余儀なくされるとの見方が根強い。

ただ、日本国債のイールドカーブが下方シフトしたことで、円買いの動きは抑制されるようになった。日銀がマイナス金利付きQQEを発表した1月29日にドル円は一時121円台後半まで上昇したが、その後は下落基調が続き、本日(2月5日)午後は116円台後半と、日銀が発表する1週間前(1月21日)以来の安値に下落した。これをもって、日銀のマイナス金利付きQQEは効果がなくなったとの指摘も目にするが、ドル円の下げがきつくなったのは1月の米ISM非製造業景況指数の予想外の悪化などでドル売りが進んだ結果。日銀が毎日発表する円の実効レートは、日銀の追加緩和と同水準のまま。仮に今後、再び円買いの動きが強まるようになれば、黒田総裁はマイナス金利の拡大を示唆するなど、円買いの動きにプレッシャーをかけることも十分に考えられる。

日銀のマイナス金利付きQQEについては、市場関係者を中心にあまり評判が良くないが、円高の抑制に貢献したという点も考慮すれば、言われているほど悪いものではないようにも感ずる。ただ、日銀がマイナス金利を導入したことで、日本経済が時間とともに低迷感を強める恐れがある可能性には注意した方がいいだろう。

市場関係者や識者とされる方々が指摘するように、マイナス金利付きQQEは日本の市中銀行の採算性を悪化させるだろう。当座預金による金利収入が減少する一方で、貸出金利は低下。しかし金利低下をカバーするだけの貸出増も期待できなければ、採算性が悪化するのも当然である。

一部大手銀行は、外債や株式といったリスク資産への投資比率を高めることも考えられるが、その他銀行では、そのような対応も難しい。時間とともに、採算性の悪い銀行が淘汰される形で、銀行業界の寡占化が加速する展開が予想される。

寡占化が進んだ銀行業界では、競争の必要性が低下するだろう。この結果、不透明感の強い案件への貸出を躊躇する傾向が強まり、ベンチャー企業や中小零細企業への貸出は、これまで以上に増えにくくなる可能性も高まる。日銀は、貸出の伸び悩みが続くことで、マイナス金利をさらに拡大するかもしれない。しかし、それは銀行の寡占化を進め、ベンチャー企業などへの貸出がさらに停滞する可能性を高める。

アベノミクスが日本経済の再生に資するには構造改革(3本目の矢)を推進することが求められるとの声が根強い。しかし、日銀の金融緩和(1本目の矢)が、3本目の矢を打つ射手を狙撃し続けている可能性に留意する必要があるのかもしれない。