2014年12月12日金曜日

自民党大勝は円売り再加速につながるか

 日本のメディア各社の衆院選・情勢報道によると、14日投開票の衆院選で、自民党は単独で300を超える議席を獲得し、公明党と合わせた与党は、参院で否決された法案を衆院で再可決できる定数の3分の2(317)の議席を確保する見込みとなっている。仮に報道通りに自民党・与党が大勝すれば、日本に疎い外国人投資家を中心に、市場関係者の多くは、総選挙の結果をアベノミクスの信認と捉えるだろう。

 ただ、総選挙を通じアベノミクスの信認が確認されたとしても、総選挙後の週明け(15日)の為替市場では、円売りの動きが加速するとは考えにくい。市場オープン直後のドル円は、2年前の衆院選直後と同じように円安方向にギャップをつけてスタートする可能性はあるものの、その後はポジション調整の動きが優勢になるだろうと考えている。

 11日の海外市場では、ドルを買い戻す動きが優勢となったが、ドル円は119円台半ば近辺で伸び悩み。NY市場取引後半には118円台後半に下落するなど、ドル円の上値の重さが目立った。12日の東京市場でもドル円は119円ちょうど近辺で上値が重くなり、取引後半には一時118円台半ばまで反落するなど、ドル買い・円売りの動きが強まる気配は見られない。

 原油先物価格が2009年7月以来となる1バレル60ドル割れに下落し、11月の中国鉱工業生産は前年比+7.2%と市場予想を下振れするなど、世界経済の先行き不透明感は強いまま。日本時間18日早朝の米FOMC結果発表では、声明文で事実上のゼロ金利を「相当の期間(considerable time)」維持するとの文言が削除されるとの見方が強まっているが、実際の声明文を見るまでドル買いポジションの積み増すには慎重にならざるを得ない。19日には日銀・金融政策決定会合や黒田総裁会見も控えており、週前半は、ドル高・円安が進展する場面で、むしろドル買い・円売りポジションを調整する動きが強まるのではなかろうか。

 なお一部報道によると、関西電力の高浜原子力発電所3、4号機が、再稼働に向けて原子力規制委員会による原発の安全審査の合格内定を年内に得られる見通しになったという。原発再稼働に前向きとされる自民党が総選挙で大勝すれば、原発再稼働の動きに弾みがつくとも予想され、原油価格の下落と合わせて、日本の貿易赤字の縮小観測も高まりやすくなる。年明けにも実需面では円売り圧力が後退するとの見方も強まりそうだ。

2014年11月17日月曜日

消費税を5%に戻した方がよいのでは?なんて声も出てきそうな弱い日本景気

本日朝方発表された7-9月期のGDPは前期比0.4%減(前期比年率で1.6%減)と、年率2%程度のプラス成長を見込んでいた市場予想を大きく裏切り、2四半期連続のマイナス成長となりました。私も2%前後の成長は示すだろうとみていたので、他エコノミストの方々と同じように予想をはずしたことになります。



予想を大きく外した最大の要因は、民間在庫が大きく減少し、GDP全体を前期比で0.6%減も押し下げたことです。一般的には在庫は減った方がいいとされていますが、GDPの場合、在庫が減ったことは生産がそれだけ減ったことを意味しますので、GDP成長率を押し下げることになります。

民間在庫は、製造業での完成品在庫のほか、小売業や卸売業の流通在庫や製造業での仕掛品在庫などが対象となります。ただ今回発表された数値では、必要な統計がそろっていないことから流通在庫などは推計値が利用されています。今後、法人企業統計季報など必要な統計がそろった上で計算される二次速報値において、民間在庫が上方修正される可能性もあります。

ただ、仮に民間在庫が成長率に中立(前期比ゼロ)となったとしても、GDP成長率は前期比0.2%増(前期比年率0.8%増)と年率で1%に満たない成長となります。消費税率引き上げ後の反動減の反動で、7-9月期は年率2%程度は反発するだろうとの見方と比べれば、やはり弱い成長だったと言えます。

GDP成長率がここまで弱いのは、個人消費、住宅、設備投資という民間内需がそろって弱かったためです。個人消費は前期比1.5%増を記録しましたが、消費税率が引き上げられた直後の前期(4-6月期)が5.0%減だったことを考えれば、反発は非常に弱いものだったと言えます。

住宅は6.7%減、設備投資は前期比0.2%減、といずれも2四半期連続のマイナスです。この結果、個人消費、住宅、設備投資の全てを足し合わせた成長率は前期比ゼロとなり、消費税率の引き上げで落ち込んだ後、まったくといっていいほど回復していないことになります。

これだけ弱い成長だと10-12月期の成長も期待できない、ということになります。民間在庫は7-9月期に大きく減少したことから、多少は増加に転ずる可能性はあるものの、鉱工業生産でみる限り、製造業の在庫調整はまだまだ続く見込みで、場合によっては10-12月期も民間在庫が減少する可能性もあります。

個人消費や設備投資も楽観視できません。冬のボーナスは大企業中心に増加が見込まれているほか、日本株の上昇による資産効果も期待されますが、昨年の歳末商戦のような盛り上がりを期待するのは、現時点では難しそうです。日銀が10月末に追加緩和に踏み切ったことで円安・日本株高が進みましたが、その分、今後は物価も上昇する見込みで、個人消費が物価高によって実質では抑えられてしまう可能性もあります。また円安による原材料価格の上昇は企業の設備投資を慎重化させる恐れもあります。

よもやの2四半期連続のマイナス成長で安倍首相は2015年10月に予定されていた消費税率の再引き上げを延期するだろうとの見方が確実視されています。消費税率の再引き上げ延期で消費者マインドが改善するかもしれませんが、同じく確実視されている解散・総選挙もあって歳末商戦が盛り上がりに欠ける可能性も考えられます。

今年の日本景気は、消費税率の引き上げを機に低迷状態となり、そのまま力強い回復を示さないまま終わる、ということになりそうです。一部からは、解散・総選挙などせず、早期の補正予算の策定・執行を望む声も出てくるでしょうし、安倍政権も早期の補正予算の作成を検討するでしょう。ただ、建設業では人手不足を背景に現時点でさえ公共事業の着工の遅れが指摘されています。仮に補正予算が組まれたとしても、着工待ちの状態が続くだけですので、早期の景気押し上げ効果は期待できません。

早期の効果が期待できる景気対策、ということであれば、公共事業よりも低所得者層向けの補助金やバウチャーの支給といった消費に直結するものが有効でしょう。また、以前にも実施されましたが、エコカー減税の強化も候補の一つとなるでしょう。ただ、こんなことするくらいなら、消費税率を元の5%に戻した方がいいんじゃないか、といった声も出てきそうです。

2014年11月10日月曜日

宮崎駿・アニメ映画監督(アカデミー名誉賞・受賞後の会見)

■宮崎監督にとってアカデミー賞とは?との問いに対し

本当のこと言っていいなら言いますが、関係ないんです。
今までのことを功労しますみたいな賞をもらってもしょうがないですよ。
もっと生々しいものだと思うんです、映画をつくるって。
賞では何も変わらないんです。

■長年にわたり創作意欲を維持できたことについての問いに対し

モチベーションは毎回衰える。
ある日突然、こんなことではいけないと思って取り戻す。
そういうことの繰り返しだ。

2014年11月6日木曜日

諏訪内 晶子・バイオリニスト(日本経済新聞夕刊・2014年11月5日)

 外遊びの体験はバイオリニストになってからも大いに役立っている。演奏家や指揮者にとって運動神経と体力は必須だと思う。私は短距離走が最も得意で、いつもリレー選手だった。外国で演奏家仲間とスポーツをすると、太った方でも卓球がうまかったりして感心することが多い。

 演奏家はただ楽器を弾くだけではない。旅行の連続で、どんな環境にもすぐに順応する能力が必要だ。飛行機に乗って、慣れない場所に着いて、リハーサルをし、演奏会を開き、それで終わりではなく、また次の場所に飛行機で移動する。評判にも動じない。タフでなければやっていけない。

2014年8月1日金曜日

東京電力から福島県の個人に支払われた賠償金で拡大した福島県経済

 福島第一、第二原発事故(以下、原発事故)による放射能汚染に対する賠償金の使い道について日本の一部メディアが報じた内容が話題になっているようです。報道では、楢葉町からいわき市に避難した家族が一時、月収200万円になったことを紹介し、現在でも家賃、所得税、住民税、医療費が免除されていると説明しています。また原発事故による避難者が、賠償金を元手に高級外車や高級腕時計の購入や、ギャンブルや遊興に勤しんでいるとも報じられています。また震災から半年は賃貸物件に人気が集中したものの、その後は中古住宅が売れ始め、震災から2年経つと、土地の購入が増えたという不動産業者のコメントも掲載されています。

 避難者による浪費の真偽は定かではないにせよ、福島県景気が全国平均に比べ堅調のように見えるのは否定できないと思います。経済産業省が発表する大型小売店販売額をみると、福島県は消費税率引き上げの影響で今年4月は前年比2.4%減に落ち込みましたが、5月は同3.6%増、6月は同2.7%増と2カ月連続の前年越え。一方、全国は4月から3カ月連続の前年割れです。住宅着工件数をみると、2012年以降、福島県は全国平均を大きく上回る伸びを続けています。



 東京電力は、原発事故で避難を余儀なくされた個人、法人、個人事業主などに対し、2011年10月から(仮払いではなく本払いとして)賠償金の支払いを始めています。個人に対する賠償金は、避難生活等による精神的損害、就労不能損害、その他実費(避難・帰宅等に係る費用相当額、家賃に係る費用相当額)などに対して支払われています。

 東京電力がこれまで支払った賠償金総額は、今年7月25日現在、約4兆1,099億円。そのうち1兆8,002億円が個人に支払われていますが、自主的に避難した個人に対しては別に計3,530億円も支払われており、計2兆1,532億円(総賠償金額の52.4%)が個人に支払われたことになります。

 東京電力の資料によると、同社が支払う賠償金の75%が福島県向けであり、そのうち70%が個人向けとあります。福島県在住の個人が受け取った賠償金額は約1兆1,304億円(=2兆1,532億円×75%×70%)と推計され、今年4-6月期は(月によってバラつきがあるものの)月間700億円強が支払われていると考えられます。


 福島県在住の個人に支払われた賠償金の一部は預金に回っています。福島県の個人預金残高をみると、原発事故発生以降、増加基調で推移。特に2013年に入ってからは着実に拡大を続けています。


  もちろん福島県の個人預金の増加分が全て東京電力から支払われた賠償金によるものではありません。しかし福島県の個人預金の伸びが原発事故以降に全国の伸びを上回り続けていることから、賠償金が個人預金の伸びを後押ししていると考えられます。


  東京電力から支払われた賠償金のうち、どの程度が福島県の個人消費や住宅着工に回ったかは、支払われた賠償金から賠償金によって増えたであろう個人預金を差し引くことで推計できます。

 たとえば昨年度(2013年度)をみると、支払われた賠償金総額は1兆5,714億円。そのうち福島県在住の個人に支払われたのは約8,250億円(=1兆5,714億円×75%×70%)と推計されます。同年度に個人預金は3,063億円(前年比7.2%)増えていますが、そのうちの一部は賠償金の支払いとは無関係に増えた可能性もあります。そこで、ここでは全国の個人預金の伸び(前年比2.8%増)を賠償金とは無関係に伸びたと仮定し、差分となる1,874億円が賠償金支払いによって増えた個人預金額とします。8,250億円から1,874億円を差し引いた6,376億円が福島県の個人消費や住宅着工に回ったと試算されます。県民一人当たりにすると32万円。2011年度の福島県の県内総生産(GDP)は6兆4,324億円ですから、上記試算によると、東京電力による賠償金支払いによって、福島県の県内総生産(GDP)は9.9%も押し上げられたことになります。仮に個人預金の伸び全てが賠償金支払いによるものと仮定しても、2013年度に福島経済(個人消費と住宅着工)に流入したマネーは5,187億円(=8,250億円-3,063億円)と試算され、2011年度の福島県・県内総生産(GDP)の8.1%となります。

 こうした試算は、かなりラフなものですから、賠償金の支払いだけで福島県の経済規模が1割近く押し上げられた、という結果は、やや過大なものである可能性があります。ただ、東京電力による賠償金の規模が莫大であるのも事実で、程度の差こそあれ、東京電力による賠償金の支払いが、福島県経済に大きな影響を与えていることは否定できないと思われます。

2014年7月30日水曜日

強く期待することは難しい7月からの日本景気の回復

30日に発表された6月の日本・鉱工業生産は前月比-3.3%と市場予想を上回る落ち込みとなり、東日本大震災発生後、最も大きな落ち込みとなりました。鉱工業生産の季節調整済み水準は96.7と100を下回り、今年1月に記録した103.9から6.9%も低下したことになります。

生産よりも落ち込みが厳しいのが鉱工業生産者出荷です。6月分は前月比-1.9%と5カ月連続の低下。結果として在庫は季節調整済み水準で110.5と2012年11月以来の水準に積み上がっています。生産と出荷の低下、在庫の積み上がりという現象から機械的に考えれば、日本景気は今年2月から後退局面に入ったかのようにみえます。

ただ日本の金融市場は日本景気の先行きを悲観視していないようです。為替市場ではドル円を始め円相場は鉱工業生産に対し目立った反応を示しませんでした。円債市場は買い優勢(利回り低下)となっていますが、日本株市場は米国株が下落したにもかかわらず小幅ながらプラス圏で推移しています。

日本景気の先行き懸念が高まらない理由として、鉱工業生産と同時に発表された製造業工業予測調査で7月、8月の生産拡大が示されたからと思われます。同調査によると製造工業の生産は7月に前月比+2.5%、8月に同+1.1%と2カ月連続のプラスが見込まれています。生産用機械や化学工業が生産をけん引するとの見通しが示されています。

ただ製造工業予測調査は今年に入って下振れることが恒常化しています。たとえば製造工業生産予測指数は4月から3カ月連続で実績を2%程度下回っています。7月の予測指数は前月調査から下方修正されています。生産予測指数で7月、8月と2カ月連続の増産が示されたからといって、7月からの日本景気の回復を強く期待することは難しいように思われます。

2014年7月29日火曜日

8月中旬くらいから動きそうな円相場

29日に発表された6月の日本・小売業販売額は前年比0.6%減と3カ月連続の前年割れとなりました。同月同国の二人以上世帯の実質消費も同3.0%減と3カ月連続の前年割れ。消費税率が5%から8%に引き上がってからの3カ月間、日本の消費は低迷を続けていることになります。

メディア等々では足元での消費低迷を「消費税率引き上げ前の駆け込み需要の反動減」が続いている、と表現するかもしれませんが、事実を正確に表現しているとは思えません。CPIが消費税率引き上げ後に前年比3%以上の上昇を続けている一方で、一人当たり名目賃金の伸びが1%を下回る伸びとなれば、消費が低迷するは自然のこと。消費税引き上げ効果を取り除いてもCPIは前年比1%以上の伸びを示しているわけですから、一人当たり名目賃金はCPIの伸びに負けています。仮に消費税率が引き上げられなくても、消費はいずれ低迷すると考えるべきだったと思います。

日本株が伸び悩んでいるのも消費低迷の原因の一つでしょう。日経平均株価は1万5500円台を回復しましたが、それでも年初来4%の下落。昨年は日本株が大きく上昇したことで、いわゆる資産効果が生じ、消費を押し上げましたが、今年は昨年のような資産効果を期待するのが難しい状況です。

6月の日本・失業率は3.7%と前月から0.2%pt上昇しました。職探しを始めた方は増えたものの、人気の高い正規雇用は前年比2万人減と増えないまま。非正規雇用は同36万人増と拡大基調を続けていますが、職探し中の労働者の受け皿になり切れていません。

日銀の黒田総裁は日本景気が7-9月期(第3四半期)には再び成長軌道を取り戻すと言明しているだけに、今回(6月)の結果から動くことはできず、当面は様子見姿勢を維持すると思われます。為替市場は29日に発表された日本の経済指標に大きな反応を示しませんでした。おそらく日銀・黒田総裁と同じように7月の日本の指標を見極めたいとの思惑が強いのでしょう。

ただ、7月に入って日本の消費が6月から一気に拡大している、という報道を目にすることもなく、私の周囲の経済状況にも大きな変化が生じた様子もないことから、7月以降に日本景気が成長軌道を取り戻す、という見方が怪しくなってきた気がします。7月の指標が発表され始める8月の中旬あたりからは、これまで動きが少なかったドル円を含め、円相場が動き始めるかもしれません。ちなみに8月8日は日銀の金融政策決定会合と7月の景気ウォッチャー調査、8月11日は7月の消費者態度指数、8月13日には4-6月期(第2四半期)GDP。がそれぞれ発表されます。

2014年5月9日金曜日

エコノミストは差別化が難しいのか

私が二十歳代後半のころ、ある都市銀行から私の勤務先に出向された方(当時、部長の肩書)が、私にこんなアドバイス(?)をしてくれました。

エコノミストはアナリストと違って基本的には公開データしか情報源がないから差別化が難しい。君も早くエコノミスト業界から足を洗った方がいい。

(もしかしたら、私がエコノミスト業務に向いていないことを示唆したかったのかもしれませんが)この方は若いころ(おそらく二十歳代)にエコノミスト部署で働いていた経験があるとかで、(経緯は覚えていないのですが)私に親切なアドバイスをしたいとお話してくれました。

この方によると、アナリストはインサイダー情報で差別化できるが、エコノミストがインサイダー情報を得ることはマスコミと違って難しい、とも教えてくれました。

当時の私は、この方の話を聞いて、この方はかわいそうだな、と思いました。今でもその見方に変わりはありません。

エコノミストの基本動作の一つは、政府など各種機関が公表する経済指標のデータを分析することです。この方は、(おそらくですが)分析対象の経済指標が同じなら、誰が分析しても結果は同じ、という前提で私にアドバイスをしてくれたと思っています。

しかし、同じ材料や器具を使っても料理人によって作られる料理の味が異なるように、同じ経済指標を使ってもエコノミストによって出てくる結果(アウトプット)は異なると私は思っています。

また、私が他のエコノミストと似たような結果や結論を出した場合、私の実力はまだまだだなぁと、思うようにしています。

私が思いつきもしなかった結果や結論を提示したエコノミストの方々、これまでに誰も打ち出されたことがなかった結果や結論を提示したエコノミストの方々に対しては、敬意を表するようにしています。

ベンジャミン・フランクリンの十三徳

第1:節制
飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。

第2:沈黙
自然に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。

第3:規律
物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。

第4:決断
なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。

第5:節約
自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。

第6:勤勉
時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。

第7:誠実
偽りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出だすこともまた然るべし。

第8:正義
他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。

第9:中庸
極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。

第10:清潔
身体、衣服、住宅に不潔を黙認すべからず。

第11:平静
小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。

第12:純潔
性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。

第13:謙譲
イエスおよびソクラテスに見習うべし。

2014年4月1日火曜日

日本景気がピークアウトした可能性

さきほど発表された日銀短観では、大企業製造業の業況判断DIが+17と前期の+16から上昇したものの、市場予想(+19)を下回りました。先行きは+8と足元のDIや市場予想の+13を大きく下回っています。原油価格の下落を受けて石油・石炭製品の先行きは改善していますが、他製造業のほとんどが、先行き判断を引き下げています。

昨日発表された2月の鉱工業生産は前月比-2.3%と市場予想(+0.3%)を大きく下回りました。同時に発表された製造工業生産予測調査によると、3月は同+0.9%と反発するものの、4月は同-0.6%と再び落ち込む予想となっています。2月は大雪の影響で生産活動がストップしたと報じられていますが、仮にそれが正しいのであれば、3月の生産はもっと大きく伸びてもいい気がします。

日銀短観、鉱工業生産は、いずれも日本景気の現状や先行きを示す指標として知られています。この両者が今年1-3月期に悪化を示したことは単なる偶然ではないでしょう。本日始まったばかりとはいえ、消費税の引き上げによって日本景気が悪化に転ずる可能性を両指標が示していると思えます。

市場関係者の多くは、日本景気が今回の消費税引き上げによって、4-6月期こそ減速するものの、7-9月以降は再び成長基調に回復するとみています。米国景気が底堅く推移しているほか、ドル円も100円超えを維持しているためです。

消費税引き上げ後の影響については、他経済指標も含めて慎重に判断すべきとは思えますが、日本景気の重要指標とされる日銀短観と鉱工業生産が悪化を示唆した以上、市場関係者の見方が大きく修正される展開も視野に入れておくべきと思われます。

2014年3月14日金曜日

ビットコインは本当に終わったのか(ロイター)

インターネットでしか流通しない仮想通貨「ビットコイン」に対する否定的な見方が急速に広がっている。しかし筆者は、大きな利点を有する仮想通貨が今後も世界規模で普及を続け、代表的な存在であるビットコインも、多くの方の予想に反し一定の存在感を今後も示し続けるだろうと考えている。

ビットコイン大手取引所の運営会社MTGOX(マウントゴックス)は2月28日、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請した。同日開かれた同社の記者会見によると、2月初め頃からシステムのバグにより不正アクセス(ハッキング)が増加。顧客から預かっていた約75万ビットコインと、同社自身の持ち分である約10万ビットコインの計85万ビットコインのほぼ全てが消失したほか、顧客からの預かり金が最大約28億円不足していることが明らかとなった。

麻生太郎財務相兼金融担当相は、マウントゴックスがビットコインの取引停止を続けていることに対し、「こんなものは長く続かないと思っていた。どこかで破綻すると思っていた」と発言。こうした様子は、経済専門メディアだけでなく、一般紙やテレビなどでも大きく取り上げられただけに、日本に住む多くの方は、ビットコインという聞き慣れないものがハッキングに対し脆弱であり、もはや消滅する存在なのだろうと思われたかもしれない。

ただ、ハッキングに対して脆弱だったのは、取引所であるマウントゴックスのシステムであり、ビットコインのシステムではない。現にビットコインの決済作業は現在も淡々と稼働しており、大手取引所ではビットコイン価格が600ドル超の水準で安定している。

つまり、マウントゴックスの経営破綻は(多くの一般の方の印象と異なり)ビットコインの取引システム崩壊を意味しない。通常の金融システムを例にすれば、強盗は金融取引を担う市中銀行から現金を奪ったが、中央銀行はこれまで通り通貨の発行を続けている状況と同じである。

<脆弱な「富の保蔵」機能>

マウントゴックス破綻劇で明らかになったのは、ビットコインの利点の一つと思われていた「富の保蔵」機能が脆弱だった点である。

財政危機に陥ったキプロス政府が銀行預金を封鎖し、同預金への課税を決定した昨年3月、ビットコイン価格が10ドル台から200ドル台に急上昇したのは、キプロスの富裕者層が財産の一部をビットコインに移したためと考えられている。

ビットコインは、取引データがP2Pと呼ばれる分散型ネットワークに記録され、保管に必要なウォレットと呼ばれるフリーウェアを使うには本名などのプライバシー情報を開示する必要がない。このため行政当局は個々人の取引状況を把握できず、取引の強制停止や課税が難しくなる。マネーロンダリングに悪用されるという批判はあるものの、ビットコインは行政当局から監視されることなく、財産(富)を保蔵するには有用との見方は、キプロス危機を経て定着していた。

しかし、マウントゴックスという大手取引所でハッキングによりビットコインが流出したという事実は、ビットコインを通じた富の保蔵ニーズを大きく低下させた。マウントゴックス破綻後も、カナダのビットコイン取引所であるフレックスコインでハッキングにより約60万ドル分のビットコインが不正に引き出されたことが明らかとなるなど、ビットコインがハッキングによって不正に引き出される可能性が高いとの見方が強まっている。

たとえ行政当局に富を捕捉されなくても、ハッキングによって富が盗まれてしまうのであれば、ビットコインは富の保蔵手段として役に立たないことになる。

日本の場合、政府がビットコインを金融商品ではなくモノとして扱い、銀行や証券会社によるビットコインの取り扱いを禁止する方針を示したことも、ビットコインによる富の保蔵ニーズを低下させると思われる。

政府の方針により、日本でビットコインを取り扱うのはマウントゴックスのような一般企業が担うことになるため、金融機関に義務付けられている顧客資産の分別管理といった顧客保護規制がビットコイン取扱業者に適用されることはなくなる。

金融資産の取引は各種規制で顧客資産保護の体制が整う一方、ビットコインについては規制による保護はなく、取引所ではハッカーによってビットコインが盗まれる可能性があるとすれば、日本でビットコインを大量に購入し、保有しようとする動きは限定的となるだろう。

<それでも残る利点とニーズ>

ただ興味深いのは、こうした状況にもかかわらず、ビットコインの価格は、マウントゴックス破綻後も暴落することなく、前述したように600ドル超の水準で安定していることである。これは、富の保蔵機能に対するニーズは低下したかもしれないが、送金機能や決済機能に対するニーズは依然として高いためと思われる。

金融機関に口座を保有していなくても、非常に低い手数料で送金を可能にするというビットコインの利点は、先進国だけでなく新興国で生活する人々にとっても非常に魅力的だ。グローバル化の進展で先進国と新興国との間でのマネーフローは拡大を続けているが、新興国に送金する際には多額の手数料が発生するほか、送金完了まで時間がかかるといったデメリットがある。低額かつ短時間で送金が可能なビットコインは、ビジネス界でのグローバル化の流れに非常にマッチしたものといえる。

クレジットカードに比べ低い手数料で決済を可能にする点も大きな利点である。インターネットでの買い物ではクレジットカード決済が一般的となっているが、カード番号や個人情報を提示することに躊躇する方も多い。一方、ビットコインであれば個人情報が流出する可能性は非常に低く、ネットでの決済もスムーズである。

現に米国のネット通販大手でナスダックに上場するオーバーストック・ドット・コムや、米家電販売大手サイトを運営するタイガー・ダイレクトは今年1月、ビットコインの受け入れを表明した。米メディアの報道によれば、オーバーストック・ドット・コムでは、ビットコインを使用した購入は予想を上回るペースで伸びており、ビットコインによる14年売上高の見通しを従来の500万ドルから1000―1500万ドルに引き上げた。

マウントゴックス破綻を機にビットコインは、消滅するとの見方も一部にあるようだが、既存の金融システムに比べ送金機能や決済機能の点で優位を維持している以上、実際には今後も一定の存在感を示し続けると思われる。ただ、低コストの送金機能や決済機能は、ビットコインだけでなく他の仮想通貨にも備わったものである。すでにビットコインの欠点とされるマイニング時間の長さ(約10分)などが改良された「リップル」という別の仮想通貨が、ビットコインに代わる存在として認知度を高めている。

世界はビットコインを通じインターネットに立脚した仮想通貨がもたらす利点を深く理解してしまった。たとえ何らかの理由でビットコインの存在感が低下したとしても、仮想通貨のニーズは今後も強まり続け、強い需要を背景に普及が進むと考えた方が自然と思われる。

*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPTYEA2D08X20140314

2014年3月5日水曜日

エコノミストと経済指標

エコノミストは経済指標から国や地域の経済動向を分析するため、経済指標に関して一般の方よりも詳細な知識が求められます。たとえば、経済指標の分野に、季節調整、という言葉がありますが、エコノミストとして活動するのであれば、季節調整の意味を理解するだけでなく、いくつか存在する季節調整の方法を把握し、できればソフトウェアを利用して自分で季節調整できるくらいのレベルであってほしいものです。

経済指標は各国・各地域に数多く存在します。たとえば日本の場合、(数えたことはありませんが)主なものだけで50くらいはあると思います。日本経済を分析するエコノミストであれば、せめて50くらいの経済指標については、それぞれの特徴などを把握することが必須となります。

エコノミストの実力を把握したいのであれば、経済指標に関する質問をすることが有効です。最近、発表された経済指標の結果について即座に答えられないようなエコノミストは、あまり信用しないか、その国についてきちんとみていない、と判断すればいいのです。

経済指標に関する知識を身につけるには時間がかかります。各指標の特徴や結果、他指標との連動性、市場での存在感といった様々なノウハウを出版されている書籍やネットから得ることは難しく、データをダウンロードし、エクセルなどでグラフ化し、結果などについて簡単なコメントを作成する、というプロセスを地道に続けるしかありません。

若い方の中には、こうした作業を嫌う方もいます。特に才能あふれる方ほど、地道な作業を嫌う傾向にあるかもしれません。ただ、こうした方は、エコノミストとしては、思うような結果が得られないことがほとんどです。結果として、いずれエコノミストという仕事から離れることになります。これは私が過去にみてきた経験に基づくもので、かなり確度の高い傾向と考えられます。

私は過去にエコノミストという肩書をつけた数多くの方々と一緒に仕事をさせていただきましたが、優秀と思えた方は、全員が経済指標について詳しい知識をお持ちでした。中には、経済指標を一目見ただけで、結果に対して鋭い分析を導く方もいらっしゃいますが、こうした方は、才能があるのではなく、過去に長い時間をかけて様々な経済指標を地道に確認する作業をしたと思っています。

日本でのビットコイン取引の普及

一部メディアは3月5日、日本政府がビットコインの取引ルールを導入すると報じました。報道によると、同政府はビットコインを通貨ではなく「モノ」と認定し、貴金属などと同じく取引での売買益などを課税対象にします。また「通貨ではない」ためか、銀行での取り扱いや証券会社の売買仲介を禁止にするそうです。

表面的にはノラリクラリな対応を続けてきた日本政府が、ビットコインの取引ルールについてここまで早期に内容を具体化したのは意外でした。ビットコインの普及を促進する可能性もあったことから、日本政府は「ビットコインに強い関心がある」、との姿勢を示せなかったものの、裏ではビットコインの法的扱いを政府内で急いで検討したのでしょう。関係各位は大変だったと思います。

同報道に対する解説などによると、ビットコインの法律上の位置づけが明確になることで、ビットコインを取り扱う企業は本人確認義務や取引記録の保存などが求められることになるようです。一方、今後、日本でビットコインを取り扱うのは銀行や証券会社といった金融機関ではなく、先日破綻したMt.Goxのような一般企業が担うことになりますので、金融機関に義務付けられている顧客資産の分別管理といった顧客保護規制は見送られることになりそうです。

あくまで推測でしかありませんが、日本政府はビットコインを「モノ」扱いすることで、他金融資産よりも一段低い存在と位置づけ、一般の方々のビットコインへの興味が高まらないよう配慮したのかもしれません。また政府の思惑通り、日本でビットコインを取引する人数が限定的なものとなれば、行政コスト負担を高める各種規制を実施する必要はなくなり、ビットコイン取引において発生するであろう各種トラブルを「自己責任」の類で処理できることを期待したのかもしれません。多少の摩擦は受容しながらもビットコインを新しい産業の芽となる可能性を模索する米国と違い、日本政府はビットコインをキワモノ扱いし、日本での普及を否定する姿勢を強めたと評価してもいいのかもしれません。

こうしたなか、カナダのビットコイン取引所であるフレックスコインは4日、不正アクセスにより約60万ドル分のビットコインが不正に引き出されたため閉鎖すると発表しました。別の取引所ポロニエックスも、ハッカーによる攻撃を受け保有するビットコインの約12%を盗まれ、取引を一時停止したことを明らかにしています。先日破綻したMt.Goxと同じ図式です。

金融資産の取引は各種規制で顧客資産保護の体制が整う一方、ビットコインについては規制による保護はなく、取引所では相変わらずハッカーによってビットコインが盗まれているという状況が続くようでは、日本でビットコイン取引が大きく普及すると期待するのは難しいように思えます。

2014年3月4日火曜日

エコノミストは料理人に似ている

エコノミストという仕事は、外食の厨房を担当する料理人の仕事と似ていると思っています。

料理人は、様々な食材から料理を作成します。食材はインターネットの普及もあって、(価格の高低という問題はあるものの)、そのほとんどを誰もが入手することができます。単に料理を作るだけなら、誰もができます。

エコノミストは、様々な経済指標から国や地域の経済を分析します。経済指標もインターネットの普及もあって、そのほとんどを誰もが無料で入手することが可能です。単に経済指標の結果を述べるだけなら、今では誰もができる業務といえます。

料理人の付加価値は、普通の人では作り出すことができないおいしい料理を提供することです。迅速に料理を提供できれば、その料理人の付加価値はさらに高まるでしょう。

エコノミストの付加価値も同じように考えることができます。経済指標から普通の人にはできない分析ができるエコノミストは付加価値が高いと言えます。迅速に分析結果を提示できれば、そのエコノミストの付加価値はさらに高まるでしょう。

Mt.Goxの破綻で思ったこと

一時は世界最大のビットコイン取引量を誇っていたMt.Gox(マウントゴックス)の運営会社「MTGOX」が2月28日、東京地裁に民事再生法の適用を申請し受理されました。同日開かれた同社の記者会見によると、2月初めころからシステムのバグにより不正アクセスが増加。顧客から預かっていた約75万ビットコインと、同社自身の持ち分である約10万ビットコインの計85万ビットコインのほぼ全てが消失しただけでなく、顧客からの預かり金が最大約28億円不足。同社は債務超過状態にあることが明らかにされています。

Mt.Goxの顧客は、米財務省FinCENの規制に従い本人確認書類の提出が義務付けられており、ビットコインを同社から搾取した犯人を確認することは比較的容易と思われます。またビットコインは取引が全て公開されるため、仮にMt.Goxからビットコインを盗んでも、犯人はビットコインを処分することが難しいはずです。Mt.Gox顧客の資産の行方については、同社の説明を鵜呑みにせず、今後の調査結果をみるまで、MTGOX社内部の者が顧客資産を無断で流用したなど、様々な可能性を想定し続けるべきと思われます。ただ原因が何であれ、MTGOX社が債務超過状態にあるのは事実であり、同社の破綻によって、顧客資産は大なり小なり毀損することになりそうです。

Mt.Goxが破綻によって得られた教訓の一つは、顧客から何らかの金融資産を預かる企業には、(規制のあるなしにかかわらず)アクシデントが発生しても顧客の資産を保全する仕組みが求められるということです。推測ですが、MTGOX社は顧客からの資産を自社資産と分別保管していない可能性が高く、FX会社などで義務化されている信託保全の仕組みも備えていないと思われます。このため同社の債務超過は顧客資産の毀損に直結したと考えられます。

FX会社を規制する金融商品取引法が施行されるまで、FX業界ではMt.Goxのような破綻で顧客資産が棄損する例がいくつかありました。たとえば2007年10月に破産宣告を受けたFX会社は、相場変動で発生した損失を取り戻すべく、顧客から預かった資産で取引を拡大。その結果、FX会社の資産だけでなく顧客の資産も消失し、顧客のもとには預けた資産の5%しか戻ってこなかった例があります。このような事例を経て日本の金融当局はFX業界の規制を強化。現在のようにFX会社は金融庁への登録が必要となり、信託保全など各種ルールが整備されました。ビットコイン取引が今後、日本で普及するのであれば、FX業界と同じように、顧客の資産保全を優先した仕組み作りが必要となるのでしょう。

2014年2月27日木曜日

Mt.Gox(マウントゴックス)の夜逃げ

日本で事実上、唯一のビットコイン取引所だったMt.Gox(マウントゴックス)がウェブサイトを閉鎖したことが話題となっています。同社は2月7日に技術的不具合を理由に顧客名義のビットコインの引き出しを停止していましたが、25日にはウェブサイトを閉鎖。26日未明には、同社サイトには英語で

・サイトと利用者を保護するため、当面、すべての取引を停止することを決めた。

と表示されるようになりました。本原稿作成時点(2月27日午後)では、同社CEOとされるマーク・カルプレス(Mark Karpeles)氏の名で

・私は依然として日本におり、関連企業のサポートを得て問題解決に向けて懸命に働いている

とのコメントも記されています。

しかし、同社サービスの復旧の見通しは示されないままで、同社の顧客は、同社に預けているビットコインや現金を引き出すことができない状況が続いています。そもそもMt.Goxはネット企業ですから、一般企業でいうところの「夜逃げ」をしたと判断していいと思います。

一部報道によると、同社が事実上の夜逃げに至った主因は同社が保有していたビットコインがハッキングによって流出してしまったためのようです。一部メディアが内部資料として報じた「Crisis Strategy Draft」によると、Mt.Goxはハッキングによって744,408(74.4万)ビットコインを紛失。仮に1ビットコイン=500ドル(約5万円)とすれば、同社は370億円程度の資産を失ったことになります。

Mt.Gox夜逃げの後の状況については、各種メディアが数多く報じていますので、詳細は割愛しますが、渋谷にあるMt.Goxのオフィスには誰もいないようです。菅官房長官は26日の記者会見で、Mt.Goxが夜逃げしたことに関し、金融庁や警察庁などの関係省庁が情報を収集していると述べ、利用者への影響などの調査を始めたことを明らかにしました。しかしMt.GoxのCEOとされるマルク・カルプレス氏を始め、同社の関係者の所在が不明なわけですから、Mt.Goxの顧客が同社に預けていたビットコインや現金を早期に取り戻すのは難しいと思われます。

Mt.Goxの夜逃げ事件は、ビットコイン業界にも大きな影響を及ぼすでしょう。またビットコイン業界は衰退する、との見方も徐々に強まっているようです。Mt.Goxの夜逃げを受けて、米民主党のマンチン上院議員は、ビットコインは薬物などの違法取引に悪用されており、米経済に悪影響を及ぼす恐れのある「危険な通貨」だと指摘。ビットコインの規制強化を求める書簡を米財務省や米FRBに送ったと報じられています。同議員はMt.Goxの取引停止にも言及し、現状を放置すれば「米国の消費者が取引で損失を受ける」との懸念を示したそうです。これまで米政府・当局は、ビットコインに対し比較的寛容な姿勢を示してきましたが、今後は他新興国と同様にビットコインの利用そのものを規制する方向に動く可能性もあります。

ビットコイン取引所などを営む企業6社(Coinbase、Kraken、BitStamp.net、BTC China、Blockchain.info、Circle)は24日、

・Mt.Goxの件は同社の責任によるもので、仮想通貨そのものの価値が揺らいだわけではない。
・取引所各社は共に顧客資産保護に協力する。

とする共同声明を発表しました。しかし、業界最大手の一角とされていたMt.Goxが夜逃げしたという事実は重く、他6社が自身の健全性をいくら主張したところで、ビットコインの既存ユーザーも含め数多くの方がビットコインの利用を躊躇すると考えるのが自然です。ビットコインの取引需要は大きく後退すると予想されます。

世界各国には投機を目的としたビットコイン取引者がそれなりに存在すると思われ、Mt.Goxを除く取引所でビットコインは取引されることでしょう。ただMt.Goxの夜逃げによって取引参加者は減少したと考えられるので、ビットコインの値動きはさらに激しくなると思われます。

しかし、ビットコインのメリットである、送金の容易性や発行主体を持たずに善意の第三者による取引認証の仕組みは、Mt.Goxの夜逃げや夜逃げの主因とされるハッキングとは関係がなく、今後も続きます。そもそもビットコインが短期間で広く普及した背景には、こうしたメリットがあったわけですから、Mt.Goxが夜逃げしたからといって、すぐさまビットコインが消滅することはないでしょう。

つまり、これまでのようなスピードでビットコインが普及することはないものの、ビットコインのメリットに意義を見出した一定層がビットコインを利用し続ける、という状況が当分、続くと考えられます。ただ日本の場合、事実上、唯一のビットコイン取引所だったMt.Goxが夜逃げをしたわけですから、ビットコインの利用は当面、停滞したままと思われます。

ビットコイン業界が、Mt.Goxの夜逃げで被ったダメージから回復するには、今回の事件をMt.Goxによる特殊事例と位置付けるのではなく、業界全体で解決すべき事例とし、Mt.Goxの顧客への損害補償にも積極的に対応することが有効と思われます。ビットコインの取引所においては、Mt.Goxの夜逃げをチャンスととらえ、各取引所が共同出資することで統一的な取引所を創設し、これまで個別に実施してきた取引を一元化することがビットコインの取引透明化に資すると考えられます。こうすることでMt.Goxの夜逃げによって慎重になったビットコイン取引者のセンチメントを改善し、ビットコイン業界の健全性をアピールすることがビットコインの利用普及を後押しするでしょう。

ただ、残念ながら、ビットコイン業界で、こうした全体的な動きが出るとは思えません。なぜならビットコインの思想背景には「自己責任原則」があるからです。ビットコインが国家や中央銀行といった権威から自由であることは、ビットコインの初期ユーザー層を魅了しました。自由であるがゆえに、ユーザーはメリットだけではなくデメリットも甘受する自己責任が求められる、という思想です。これは米共和党・保守派運動「ティーパーティー(茶会)」に相通じるものに思えます。

たとえばビットコインの取引にはウォレットと呼ばれるフリーソフトをダウンロードし、メールアドレスとパスワードで口座を開設する必要がありますが、パスワードを管理するのはユーザーだけで、他者は誰もパスワードを把握していません。仮に口座利用者がパスワードを失念してしまうと、ウォレットを開けることは永遠にできなくなるのです。通常の金融サービスの場合、サービス提供者がパスワードの復元などをサポートしてくれますが、ビットコインの場合、サポートは受けられません。今回のMt.Goxの夜逃げに対しても、他6社が責任をMt.Goxのみにある、と断じたことも、ビットコインの自己責任原則に則った動きと解釈すべきでしょう。

2014年2月19日水曜日

Mt.Gox問題を根拠にビットコインの将来性を否定することの是非

ビットコインの取引所として世界有数の規模を誇り、日本では事実上唯一のビットコイン取引所とされるMt.Gox(マウントゴックス)の口座からビットコインが引き出せない状態が続いています。同社が顧客による引き出しを一時停止したと公表したのは2月7日ですから、すでに2週間近くが経過したことになります。

Mt.Goxからビットコインが引き出せない、ということで、Mt.Goxの顧客がビットコインの換金売りを続けたのは自然なことです。Mt.Goxでのビットコイン価格は、2月5日の900ドル台から下落基調で推移。2月16日には200ドル割れをうかがう水準まで下落しましたが、その後は300ドル手前でのもみ合いが続いています。一方、他取引所でのビットコイン価格は600ドルを超えています。

最近では、Mt.Goxでのビットコイン価格の下落を見て、ビットコインは終わったとする指摘が目立つようになっています。理由として、(Mt.Goxがビットコインの引き出し停止の理由として指摘した)ビットコインの不正引き出しを技術的に防ぐことはできないとの指摘もありますが、そもそもビットコインは何もないところからスタートしたものだけに、ビットコイン価格が上昇していた昨年12月あたりからビットコインをバブル視する見方もありました。今回のMt.Goxの問題は、ビットコインをバブル視したい方にとっては良い材料になったのでしょう。

Mt.Goxは2月17日に、ビットコインの引き出しを「間もなく」再開するとし、20日には引き出し再開対応の進捗状況を報告すると発表しました。同社を信用するのであれば、Mt.Goxからビットコインを引き出すことは可能となりますので、Mt.Goxでのビットコイン価格は他取引所と同水準に収れんすることが期待されます。

Mt.Gox問題はビットコインの不正引き出しに関する脆弱性を示したといえますが、ビットコインの利便性を否定するものではありません。ビットコインは送金手段として伝統的な他送金方法に比べ圧倒的なメリットを有します。またビットコインは「善意の第三者による認証」というこれまでにない認証方法を備えていますので、ビットコインの仕組みを「所有権の新しい確認方法」として活用するアイデアも出されています。技術的にはオープンプラットフォームですので、能力の高い企業であればビットコインを活用したビジネス拡大を期待することもできます。

悲惨な放火被害が報じられたからといって火を使うことを止めようと考える方は皆無である、というロジックはビットコインでも使えるような気がします。

2014年2月17日月曜日

日本・GDP(2013年第4四半期)

昨年第4四半期の日本GDPは前期比年率1.0%増と市場予想(同2.8%増)を大きく下回った。一部メディアは消費税率引き上げ前の駆け込み消費の弱さを指摘していたが、民需は前期比0.8%増(年率3.2%増)と伸びが加速している。

成長率を押し下げたのは輸入の増加だ。輸入は前期比3.5%増と成長率を年率2.4%程度押し下げた。ただ、輸入の増加は日本の内需の強さの表れとみることもできる。日本景気は、堅調な推移を続けていると評価していいだろう。

今年第1四半期の成長率も年率1~2%程度の伸びを期待していいだろう。消費税率の引き上げ前の駆け込み需要は、それなりに続く見込みで、個人消費は年率1%程度の伸びを維持すると思われる。補正予算効果で公共投資も成長率を下支えするだろう。ただ一方で、輸入は引き続き成長率を押し下げると思われる。

今回発表されたGDPで興味深いのは、円安効果が景気にとって中立に近付いている点だ。昨年第4四半期の輸出は前期比0.4%増にとどまり、輸入(同3.5%増)に比べ伸びが弱い。すでに指摘されていることだが、日本の輸出企業は円安進展でも外貨建て輸出価格を引き下げず(円建ての輸出価格の上昇を受け入れ)、輸出数量の拡大を狙っていない。円安の進展は、日本の輸出企業の収益増にはつながっても、数量面での生産活動の拡大にはつながっていない。これでは実質でみた輸出が増えないのも当然で、日本の輸出企業が雇用・賃金を増やさないのも自然といえる。

円安の進展で輸入コストが上昇し、実質所得の伸びを抑えているのも興味深い。雇用者報酬は名目で前期比0.7%増と2011年第1四半期以来の高い伸びとなったが、実質では同0.1%増と前期(同0.4%減)から反発できていない。マインドの改善持続で個人消費は実質でも堅調に推移しているものの、消費の源泉である賃金(雇用者報酬)は実質ではピークアウトの感すらある。このまま所得が弱いようだと、消費税率引き上げ後の個人消費の反動減が長期化する可能性もある。

2014年2月12日水曜日

日本・消費動向調査、景気ウォッチャー調査(2014年1月)

1月の消費動向調査によると消費者態度指数は40.5と市場予想に反し前月(41.3)から悪化し、2012年12月以来の低水準となった。内訳をみると、耐久消費財の買い時判断が36.4と2011年5月以来の水準に低下。昨年9月の47.0(過去3年間のピーク)から10ポイント近く悪化した。昨年秋から冬にかけては消費税引き上げ前の駆け込みもあって耐久消費財の購入意欲が高まっていたが、本調査をみる限り、そうした動きは一服。一部では、消費税引き上げ直前の2月、3月の消費増を期待する声もあるが、マインドをみる限り、期待外れに終わる可能性も出てきた。

1月の景気ウォッチャー調査では、先行き判断が49.0と安部政権始まって以来、初めての50割れ。内訳をみると、小売、飲食が前月(昨年12月)から大きく落ち込んでおり、消費税引き上げの影響を懸念する声が一般小売店で強まっている様子がわかる。

日本株は年末の水準を大きく下回ったまま。ドル円は102円台を維持しているものの、以前のような円安期待は後退しつつある状況。今後半年くらいは補正予算効果もあって日本景気は底堅い動きを続けるだろうが、その後はこれといった目立ったイベントが(今のところ)用意されていない。日本の消費者マインドの改善は、今後あまり期待しない方がいいだろう。

2014年2月11日火曜日

Mt.Gox(マウントゴックス)のトラブルが日本のビットコイン業界をさらに発展させる

日本で唯一といっていいビットコイン取引所であるMt.Gox(マウントゴックス)は7日、システム上の問題から「ビットコインの引き出し機能を停止する」との声明を公表しました。これを受け、複数のメディアは同社がビットコインから米ドルや日本円などへの換金を一時停止したと報道。ビットコインの価格が大幅下落したと報じました。

同社広報担当者は一部メディアとのインタビューに応じ、同社内でビットコインを現金に換えること、ならびに同社内のウォレット同士ではビットコインの取引は可能であることを明らかにしています。一方、Mt.Gox(マウントゴックス)の口座に保有されているビットコインを外部に転送することは現在も出来ていないことも認めています。

昨年12月の中国人民銀行の通達でビットコイン価格は500ドル近辺まで下落しましたが、その後は、じり高の動きを続け、1月には一時1000ドル台まで回復しました。しかし、米アップルがビットコ
インウォレット(アプリ)をiOS App Storesと Mac App storeから削除し、ビットコイン価格は700ドル台に急落。その後、Mt.Gox(マウントゴックス)の声明を受けて一時600ドルを割り込む場面もありました。足元では600ドル台後半での推移となっています。

以前からMt.Gox(マウントゴックス)は口座開設作業だけでなく、現金の受け渡しなど事務作業全般で遅延が生じていると指摘されました。理由は同社のマンパワー不足のほか、海外当局からのプレッシャーを背景としたコンプラチェック作業の急増、業務量急増へのシステム対応の遅れ、なども考えられます。

顧客資産の保護や精神的な安定のためにも、Mt.Gox(マウントゴックス)が、ビットコインの外部への転送機能を早急に復旧するとともに、これを機に滞りがちだった各種事務作業の迅速化も進めてほしいと願っています。

ビットコインの歴史はせいぜい5年ほどで、日本で知名度が高まったのはこの半年程度です。こうした歴史の浅い業界では、今回のMt.Gox(マウントゴックス)のようなトラブルが発生するのが通例で、今回の事例をもってビットコイン業界が崩壊すると考えるのは、やや行き過ぎたもののように思えます。

Mt.Gox(マウントゴックス)の事例を機に、日本のビットコイン業界は新しいフェーズに移行すると考えた方が自然のような気がします。Mt.Gox(マウントゴックス)の対応改善だけでなく、Mt.Gox(マウントゴックス)以外の新しいビットコイン取引所が日本に出現することも考えられます。

2014年2月10日月曜日

ビットコインの波紋、金融革新の可能性(日本経済新聞)

 
――ビットコインに将来性はあるか。

 「ネット上の買い物などの決済手段として世界的に普及する可能性は十分ある。短時間で決済が完了し、クレジットカード決済にかかる手数料も不要なためだ。コストの高い国際送金をビットコインが代替する可能性もある。特に銀行口座が普及していない新興国では送金が容易になる」

 ――他通貨との交換レートは乱高下している。

 「現在の相場の動きは極端に激しく、資産を保存する手段として普及するのはまだ難しい。ただ、投機ではなく実需の買いも出てきており、いずれ安定するだろう」

 ――課題はないのか。

 「現状では私設取引所の規模が小さく、誰もが気軽に入手できる状況ではない。取引ルールの整備など利用者保護の仕組みも必要になってくる」

 ――今後の影響は。

 「米国ではビットコインを活用したベンチャー企業が次々と誕生し、新たな産業分野になりつつある。今まで金融分野のイノベーション(技術革新)は株や債券の取引を電子化するにすぎなかったが、インターネットから生まれたビットコインは真のイノベーションだ。デリバティブ(金融派生商品)に匹敵する革新になるかもしれない」

*本稿は日本経済新聞(2014年2月8日)に掲載されたものです。

2014年2月6日木曜日

ビットコインのメリットを整理する

ビットコインに関する論評が増えていますが、どの論評を見ても議論が散漫な印象が否めません。ビットコインに関し、技術的な理解が浅いゆえに、表面的な議論に留まる例が多いだけでなく、通貨や金融・資本政策に関する基本的な知識が不足したまま、思い込みで結論を導こうとしているためのように思えます。
 
有識者を称する方が、様々な理由で不十分な知識のままビットコインについて語るのは避けがたい現象なのでしょうが、せめてビットコインの機能(そして本質)を自分なりに整理した後に言及してほしいと願っています。
 
ビットコインには様々な機能がありますが、現時点では概ね次の3つに分けることができると思います。
 
(1)取引決済
(2)送金
(3)富保管・蓄積
 
以下では上記3つの点でビットコインのメリットを考えてみます。

(1)取引決済
各種メディアが報じているようにネット小売店を中心にビットコインを取引決済手段の一つとして受け入れる例が増えています。背景にはBitPayの利用によってビットコインの価格変動リスクを回避することが容易になった点があげられます。
 
小売店がビットコインを取引決済手段として受け入れるメリットの一つに取引手数料の低さが挙げられます。クレジットカード利用による取引手数料は売上高の4~10%程度と言われています。一方、BitPayの取引手数料は1%程度です。小売店としてはクレジットカードよりもビットコインを利用してもらった方がコスト節約になります。
 
現金化の期間が短い点もビットコイン利用の利点といえます。BitPayが小売店にいつのタイミングで現金を送金しているのかは不明ですが、クレジットカード会社のように現金化のために1.5~2カ月も時間を要することはないと思います。ビットコイン利用による現金化までの期間の短さは、資金繰りの点から小売店にとって有益です。
 
(2)送金
銀行経由による送金は国をまたぐ場合、数日かかりますし、取引手数料も多額です。また手続きも煩雑です。一方、ビットコインの送金は受け渡し完了までせいぜい10分で、取引手数料も1%未満です。
 
(3)富保管・蓄積
ビットコインは金融機関を経由せずに保管できますので、当局によって富を捕捉される可能性が大きく低下します。これは節税(脱税?)にも有効です。
 
ビットコインは現金や金などと違い、物理的なデリバリーコストがほぼゼロと言えます。ビットコインに富を移動させれば、富を保有する方が亡命などの理由で逃亡する際に富のデリバリーを心配する必要はなくなります。
 
またビットコインはその仕組み上、インフレによって価値が毀損する可能性が少ないといえます。このためインフレによって現金を中心に富が毀損するリスクを回避することも可能と言えます。

2014年1月31日金曜日

仮想通貨「ビットコイン」、日本で普及するか 専門家に聞く (産経新聞)

裾野の広がりを予感

――ビットコインの魅力は

 「インターネット上だけで流通し、物理的な保管コストはほぼゼロ。決済のほか、国境をまたいで迅速に送金できる利便性が評価されている。世界には金融機関に口座を持っていない人の方が圧倒的に多いが、携帯電話さえあれば取引できる点も魅力だ。通貨として流通する可能性はゼロではない」

――世界で利用者が拡大している

 「需要が供給を上回るペースで増え価格が上昇したことが大きい。きっかけは昨年3月のキプロスの銀行課税。キプロス政府が銀行預金を封鎖し、残高に応じた課税を決めた際、逃げ場がビットコイン以外になかった。電子上で決済でき、政府にも把握されないということで注目され、1ビットコイン=10ドル程度から200ドルまで上がった。供給はマイニングと呼ばれる計算作業を通じて緩やかにしか増えないが、キプロス問題で投機対象としても世界の認知度が加速度的に広まり、昨年秋には1200ドルまで高騰した。新たな富の受け皿となった格好だ」



――リーマン・ショック後に日米欧が金融緩和政策に動いた影響もあるか

 「暗号化処理などビットコインの技術概念は以前からあったが、通貨として使える提示をしたのがたまたま08年だったので、そこまで因果関係は強くない。ただ、反体制的な思想に基づく仕組みなので、構想のバックボーンだったかもしれない」

――米当局は有望視する一方、中国やインドは警戒感を強めている

 「資本規制をかけている新興国は国境を無視して資本移動されるリスクをとりたくない。米政府も資金洗浄(マネーロンダリング)などに使われるリスクがあるので抑えるかと思ったが、肯定的な姿勢をとったのは次の戦略産業を常に探す姿勢を徹底しているからだろう。ビットコインの裾野が広がることを予感させる流れだ」

――日本で普及する可能性は

「意見が分かれるところだが、電子マネーとしてより投機的な金融商品としての扱いから広がりが出ることはあり得る。前向きにやるためにも、消費者保護的観点で政府が何らかのアクションをとってもいいのではないかと思う」

――一時的なブームにならないための条件は

 「貨幣も金も同じだが、価値の根本はネットワーク効果でみんなが使うか使わないか。息の長い現象、社会インフラのひとつにまで発展するかはユーザー数の伸びにかかっている。それを決めるのは当局の規制ではなくニーズだ。読み切れないが、6割くらいの確率で広がると思っている。ただ、そうなれば既存の銀行やクレジット会社の収益基盤が大きく損なわれるリスクも出てくる」(万福博之)

【プロフィル】村田雅志 むらた・まさし 昭和45年、埼玉県生まれ。43歳。東京工業大学院修了、米コロンビア大学院修了。三和総合研究所などを経て米系銀行で通貨ストラテジスト。著書に「ドル腐食時代の資産防衛」など。

*本稿は産経新聞(2014年1月31日)に掲載されたものです。

2014年1月20日月曜日

「政治の季節」迎える新興国通貨の投資リスク(ロイター)

今年前半の新興国通貨は、昨年後半に引き続き対ドルで軟調な推移が続くと予想される。先進国景気は米国を中心に底堅く推移すると思われるが、新興国景気は中国の回復ペースが緩慢なこともあり大きく拡大することは期待しにくい。
 
米連邦準備理事会(FRB)が資産買い入れ、いわゆる量的緩和(QE)の縮小を続けることも新興国通貨の下押し要因となる。FRBはQE縮小でも金融緩和を維持と説明しているが、昨年5月にバーナンキFRB議長がQE縮小の可能性を示してからの市場の反応を見ると、新興国投資のポートフォリオ構成に少なからぬ影響を与えていると考えたほうが自然だ。QE縮小の継続により米債利回りの上昇圧力が今後も強まれば、新興国からの資本流出懸念が続くことになる。
 
ただ、こうした環境下であったとしても、新興国通貨が一方的に対ドルで下落するわけではなく、買い戻される場面も出てくるだろう。市場関係者の多くは今年の先進国景気を比較的楽観視しているが、経済指標などを通じて先行き懸念が少しでも強まれば、下落した新興国通貨を見直す動きも出やすくなる。
 
年後半に入れば、新興国景気の回復期待も強まりやすくなるだろう。年前半に新興国通貨が軟調な推移となれば、通貨安効果で輸出が刺激される。先進国景気の拡大が続けば、一部の新興国への波及効果も期待しやすくなる。しかし、景気回復期待が強まったとしても、新興国通貨を買い戻す動きが大きく強まることは期待できない。年後半に入ると、2015年の米利上げ観測を背景に米債利回りの上昇圧力が強まりやすくなる。新興国への資本流入は米債利回りの上昇で抑制される状態が続くと思われる。
 
今年はいくつかの新興国で選挙が実施されることに注意を払う必要がある。具体的には、タイ、南アフリカ、インド、インドネシア、トルコ、ブラジルだ。新興国では内政の不確実性が経済政策の失敗につながることが多い。選挙結果によって市場の見方が大きく変わり、大きな混乱が生ずる恐れもある。以下、大型選挙を控える上記6カ国の政治情勢と経済ファンダメンタルズについて、注目すべき点を整理した。
 
<タイ:景気減速感が強まる恐れ>
 
タイでは原稿執筆時点では2月2日に総選挙が実施される予定だが、インラック首相が反政府デモ拡大を受けて総選挙を延期するとの見方が強まっている。
 
インラック首相は当初、議会解散で反政府勢力に譲歩しながらも、総選挙実施で権力基盤の再構築を狙っていたようだ。しかし、反政府勢力は現政権の即時退陣を要求しており、デモ隊が税関をはじめとする政府施設を包囲するなど、勢いは増す一方だ。一部メディアはインラック首相がプラユット陸軍司令官に電話で辞意を示唆したものの、その後、辞意を撤回したと報じた。総選挙を経ずに政権が交代する可能性も出てきた。
 
反政府勢力の勢いがさらに増し、政局の先行き不透明感が強まれば、景気にも悪い影響が出てくるだろう。昨年第3四半期の国内総生産(GDP)は前年比2.7%増と2四半期連続で減速するなど、タイ景気は反政府デモが拡大する前から減速している。
 
タイ中銀は昨年11月に市場予想に反し25ベーシスポイント(bp)の利下げを実施したが、景気減速を背景に追加利下げに踏み切るとの見方も根強い。現政権が計画した大規模インフラ投資計画が中止に追い込まれるようだと、景気の減速感はさらに強まるだろう。
 
<南アフリカ:高まる通貨安圧力>
 
南アフリカでは4月に総選挙が予定されている。与党アフリカ民族会議(ANC)の支持率はここ数年で低下しているものの、総選挙で敗北することはないと思われる。注目すべきは、総選挙前後の財政赤字の動向だ。
 
ANCは総選挙を控え、景気刺激策として財政拡大路線を強める可能性がある。また、たとえ総選挙後であっても、ANCの得票率が09年の総選挙で獲得した65.9%を大きく下回り、60%を下回るようだと、財政を拡大させることで支持率の引き上げを狙う可能性もある。財政赤字の拡大は、同国の格下げリスクを通じ、南アフリカ・ランドの下押し圧力を高めるだろう。
 
南アフリカのインフレは景気低迷を背景に鈍化傾向で推移している。このまま同国のインフレが鈍化を続けるようであれば、南ア中銀は利下げに踏み切ると思われる。ただ、鉱山や自動車工場でぼっ発した労働者ストの影響もあって社会不安は強まったままだ。たとえ利下げが実施されたとしても、消費や設備投資が早期に拡大するとは考えにくく、単に南アフリカ・ランドの下押し圧力が増すだけと思われる。
 
<インド:財政懸念に注意必要>
 
インドでは5月に総選挙が実施される。昨年12月の地方選挙で、野党インド人民党(BJP)が複数の主要地域で勝利したことから、10年間にわたる国民会議派の連立政権時代が終焉するとの見方が強まっている。ただし、仮にBJPが総選挙に勝利したとしても、インド経済の先行きに対し過度な楽観視はすべきではない。同国は多くの構造問題を抱えており、いずれの政党が政権を握っても構造問題を早期に解決することは難しい。
 
これはインド中銀に対しても同じことが言える。市場はラジャン中銀総裁に対し強い期待を抱いているようだが、金融政策だけでインドのファンダメンタルズが大きく改善するとは考えにくい。
 
インドの財政懸念にも注意が必要だろう。総選挙を前に現政権が財政拡大策をとる可能性は十分にある。財政赤字の拡大は南アフリカと同様にインドの格下げリスクを高めることになる。
 
<インドネシア:持続的な通貨高は期待薄>
 
インドネシアでは4月に総選挙、7月に大統領選挙を控えている。世論調査によると、総選挙ではメガワティ前大統領率いる野党の闘争民主党(PDIP)が勝利する可能性が高い。一方、大統領選では現職のユドヨノ大統領が規定により3期目の立候補ができない。有力候補としてはPDIPのメガワティ前大統領に加え、ジャカルタ特別州のジョコウィ知事が注目されている。
 
ジョコウィ知事は新時代のリーダーとしてカリスマ的な人気を誇っている。世論調査では同知事の支持率は2位を20%以上引き離しており、民主党やゴルカル党など他党の支持層からも支持を集めている。ただ、知事自身は大統領選への出馬について明確な姿勢を示していない。
 
仮にジョコウィ知事が大統領選に出馬すれば当選する可能性が高いだろう。同知事は軍や財閥といった既得権益層との関係が薄く、汚職撲滅に尽力した実績も持つ。また、外資系企業の許認可手続きなどで透明性を高める姿勢を示していることから、大統領に当選すれば市場は好感し、インドネシア・ルピアが買われる場面も出てくるだろう。
 
しかし、同国の成長率は利上げの影響もあって潜在成長率を下回っている。高インフレや経常赤字縮小の遅れなどもあって、大統領選がどのような結果になっても、インドネシア・ルピアの上昇基調が続く展開は考えにくい。
 
<トルコ:米債利回り上昇に脆弱なリラ>
 
トルコでは3月に地方選、8月に大統領選挙が予定されている。足元ではエルドアン政権を巻き込んだ汚職疑惑が表面化するなか、首都アンカラを含む15の県の警察トップが一斉に更迭されるなど政情不安が指摘されている。エルドアン首相は大統領権限を強化する政治制度への移行に前向きであることから8月の大統領選に出馬するとの見方が強まっているが、政局不安を背景に3月の地方選の結果次第では出馬を取りやめる可能性もある。
 
昨年11月のトルコ経常収支は39.4億ドルの赤字と市場予想を上回る改善となり、対外収支悪化に歯止めがかかってきた。ただ、トルコの対外ファイナンスは証券投資に依存する割合が高く、トルコ・リラの値動きは市場のセンチメントに左右される状態のままである。
 
トルコ中銀はドル売り介入でトルコ・リラの下落を抑制しようとしているが、同国の外貨準備は他新興国に比べ規模が小さく、無制限に介入が続けられるわけではない。トルコ中銀が利上げに踏み切るまでトルコ・リラは米債利回りの上昇に脆弱な動きを続けると思われる。
 
<ブラジル:追加利上げで景気下押しも>
 
ブラジルでは10月に総選挙と大統領選が実施される。ルセフ現大統領が再選されるとの見方が根強いが、ペルナンブコ州知事として知名度の高いブラジル社会党のカンポス氏が、前回総選挙で2000万票も獲得したシルバ氏と連携したことで、政権交代の可能性も捨てきれない。
 
落ち着きを見せていたブラジルのインフレ圧力が再び強まる兆しを示している点にも注意が必要である。昨年12月のブラジル拡大消費者物価指数(IPCA)は前年比プラス5.91%と市場予想を上回る伸びとなった。ブラジル中銀はインフレ圧力を抑制すべく今月16日に市場予想を上回る50bpの利上げに踏み切ったが、ブラジル・レアルが軟調に推移すれば、輸入物価の上昇を通じインフレ圧力が高止まりし、追加利上げを迫られる展開もあり得る。さらなる利上げはブラジル景気を下押しし、ルセフ現大統領の支持率低下にもつながりかねない。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPTYEA0J01Y20140120?sp=true