2015年1月21日水曜日

物価目標への強いコミットメントを示した日銀・黒田総裁

日銀は21日、金融政策決定会合にて金融政策運営方針を据え置き。日銀の黒田東彦総裁は、会合決定後の会見で、当座預金の超過準備への付利引き下げの可能性を事実上否定。日銀による追加緩和期待は後退し、為替市場は円買いの反応となった。しかし筆者は、黒田総裁が追加緩和の可能性を否定していることはなく、むしろ追加緩和の実施を視野に入れたままと考えている。

日銀は21日の金融政策決定会合で金融政策運営方針を据え置き。銀行貸出の拡大を主目的とした金融機関への各種資金供給策については、期限が1年延長され、資金供給策の一部で総枠が7兆円から10兆円に引き上げられたものの、一部で期待されていた当座預金の超過準備への付利引き下げについては言及すらなされなかった。景気の基調判断も「緩やかな回復を続けている」との表現が続けられるなど、総じて見れば現状維持の印象を強める内容だった。

一方で、予想通りとはいえ、日銀は物価見通しを引き下げた。「経済・物価情勢の展望(展望レポート)」の中間評価では、2015年度のコアCPI(消費者物価指数除く生鮮食品)見通しが、消費税率引き上げの影響を除くケースで+0.4~1.3%(中央値は+1.0%)と、10月末時点の+1.1~1.9%(同+1.7%)から大きく下方修正された。

物価見通しが大きく下方修正されたにもかかわらず、金融政策は現状維持の結果となったことで、金融政策決定会合の結果発表後の総裁会見は大きく注目された。ただ黒田総裁の会見冒頭の説明は、これまでの内容を踏襲するもの。黒田総裁は、これまでの会見や講演と同じように、物価の中長期的な動向を決めるものは、基本的には需給ギャップと予想物価上昇率(インフレ期待)の2つだと指摘。需給ギャップは、潜在成長率を上回る成長が実現するもとで、改善傾向をたどるとし、予想物価上昇率はBEI(ブレーク・イーブン・インフレ率、固定利付国債と物価連動債の利回り格差)は低下しているものの、サーベイ調査でみた予想物価上昇率は総じて維持されているとした。

黒田総裁が指摘するように需給ギャップも予想物価上昇率も大きな変化はみられない。日銀は、昨年7-9月期の需給ギャップが-0.3%と前期(-0.2%)から小幅悪化したとする試算を公表したが、需給ギャップとほぼ同様のトレンドを示す「短観加重平均判断DI」(日銀短観の生産・営業用設備判断DIと雇用人員判断DIを加重平均したもの)は緩やかな改善が継続。昨年12月のDIの「不足」超幅は1992年5月以来の水準に拡大し、先行きも「不足」超幅の拡大が続くと見込まれている。

製造工業生産能力指数は、2012年末から低下基調で推移。昨年11月は94.9と1986年3月以来と30年近く前の水準まで低下した。ここまで生産能力が削減されれば、需要が多少縮小しても、設備過剰感が短期間に大きく強まるとは考えにくくなる。

労働需給もひっ迫感の強い展開が続くと予想される。日本の労働力人口は、少子高齢化の進展を背景に1997年半ばをピークに減少基調で推移。一方で有効求人数は、2010年から増加基調で推移。よほど大きな雇用調整ショックでも生じない限り、労働需給のひっ迫感が大きく後退するとは考えにくい。

予想物価上昇率も家計・企業・エコノミストなどのサーベイ調査では高水準を維持している。日銀が予想物価上昇率を示すサーベイ調査として参照する内閣府の「消費動向調査」や、日銀の「生活意識アンケート調査」をみると、1年後に物価が「上がる」との回答割合は、2013年夏場から昨年末まで概ね80%を超える水準のまま。日銀短観の企業の物価見通しでも、1年後の物価全般の見通し(平均)は12月調査で+1.4と大きな変化を見せていない。昨年4月の消費税率の引き上げを機に日本の景気指標は軟調な推移が続いているだけに、各種サーベイ調査による予想物価上昇率は堅調ぶりが目立つ。

総裁会見での質疑応答では、会合での当座預金の超過準備への付利引き下げの議論の有無について質問がなされたが、黒田総裁は超過準備への付利の引き下げについて議論は全くなかったと明言。総裁が重視する需給ギャップや予想物価上昇率に大きな変化がなく、一部で期待されていた付利引き下げは議論すらなかったことで、早期の追加緩和観測が大きく後退した。

しかし同会見で注目すべき点は、付利の引き下げの有無ではなく、2%の物価安定目標に対する黒田総裁のコミットメントの強弱にあったと思われる。筆者の印象では、黒田総裁は目標に対するコミットメントを弱めておらず、むしろ今回の会見で自身のコミットメントの強さを示した。

黒田総裁は、会見での質疑応答で、2015年度を中心とする期間に2%の物価上昇を達成する可能性が高いとの見解を改めて表明。原油価格の動向次第で「(達成時期が)多少前後する可能性はある」とも述べたが、達成時期が2016年度にずれ込む可能性について明確な回答を求める質問に対しても、「15年度を中心とする期間」との表現を繰り返すのみ。達成時期が前後に若干はみ出る部分はあることは認めつつも、達成する時期がどの程度ずれ込むかについては、最後まで具体的な表現を避け、最後には「わざわざ2016年度に入ると言っているわけでもない」と述べ、「2016年度」という言葉を口にすることすら嫌がるそぶりを見せた。

また黒田総裁は、2%目標の達成時期が「多少前後する」との表現を指摘され、2013年4月の量的・質的金融緩和導入時よりも日銀のコミットメントが弱まったのではないかとの質問に対し、2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に2%の物価安定目標を達成すると導入当初から述べたと強く反論。その後のレポートでも、2015年度を中心とする期間に2%に達する可能性が高いという見通しを申し上げたとし、現時点でもコミットメントの強さに全く変更はないと強調した。

展望レポートで示された2015年度物価見通しは、中央値で+1.0%と2%目標から遠く離れる形で下方修正。しかし追加緩和は見送られ、需給ギャップと予想物価上昇率の2つを理由に2%目標は当初の見通し通りのタイミングで達成するとされた。市場が日銀の追加緩和姿勢の後退を感じたのも無理はない。

ただ注意すべきは、2%目標に対する総裁のコミットメントは、質疑応答での態度や言動から推察するに相当強いものだということだ。むしろ黒田総裁は2%目標の実現に向けて、追加緩和の実施を視野に入れていると考えた方が自然に思える。

注意すべき点は、黒田総裁が予想物価上昇率の好転モメンタム(勢い)が弱まる可能性を指摘したことだ。同総裁は、質疑応答の終盤で、ここまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅れてしまうリスクがあると指摘。10月末の追加緩和を例に出し、どういう理由であれ、期待インフレ率にマイナスの影響が生じ、2%の物価安定目標の達成が難しくなる状況になれば、躊躇なく金融を調整すると述べている。この表現は、過去の会見、講演、国会証言等々で何度も使われたものだ。

ロジカルに考えれば、日銀の追加緩和の有無は、予想物価上昇率を示す各種サーベイ調査での物価見通しの強弱から判断されることになる。しかし、さらに注意すべきことは、たとえサーベイ調査で物価見通しに変わりはなくても、黒田総裁が追加緩和に踏み切る可能性があることだ。現に10月末の追加緩和実施前のサーベイ調査での予想物価上昇率には大きな変化が見られなかった。

これに対する黒田総裁の見解(弁解)は、12月の金融政策決定会合後の会見で明快に述べられている。同総裁は、予想物価上昇率が大きく変わらなかったにもかかわらず10月に追加緩和に踏み切った理由として、消費を中心として内需が弱い状況が続き、物価上昇率が次第に下がってきており、その上、原油も大幅に下がって、これがさらに物価上昇率を下げる可能性がある中で、予想物価上昇率が下がっていく「懸念」があったと指摘。その後、追加緩和によって予想物価上昇率は維持されたとの見方を示している。

経済は自然科学と違い実験ができないため、10月末の追加緩和によって予想物価上昇率が維持されたのか、それとも追加緩和がなくても予想物価上昇率は維持されたのかを確認することはできない。しかし、ここで重要な点は、黒田総裁の見解の客観的な(もしくは学術的な)正しさを確認することではなく、黒田総裁が、予想物価上昇が下がる「懸念」を持てば、たとえサーベイ調査などで予想物価上昇率が下がらなくても追加緩和をする可能性があることだ。

日銀ウォッチャーなど市場関係者の多くは、日銀の追加緩和の有無を考える際に、物価上昇率やBEI、需給ギャップや予想物価上昇率などといった客観的な情報を拠り所にしたいところだ。しかし、黒田総裁の発言を確認すればするほど、客観的な情報から追加緩和の有無を考えるのは無理があるように感じてしまう。むしろ市場関係者は、黒田総裁のインフレ期待に関する主観を重視すべきのように思える。ただ、黒田総裁でない限り総裁の主観を正確に把握することはできない。

結局、市場関係者は、客観的な情報から黒田総裁の主観を読み解くという非常に難解な作業を続けざるを得ない。原油安や物価鈍化といった客観情報は、日銀の追加緩和の必要性を示しているため、市場はいずれ日銀の追加緩和期待を再び強めるだろう。追加緩和の実際のタイミングは見定めにくいものの、ドル円相場は客観情報に基づく緩和期待を背景に底堅い動きが予想される。