2014年3月14日金曜日

ビットコインは本当に終わったのか(ロイター)

インターネットでしか流通しない仮想通貨「ビットコイン」に対する否定的な見方が急速に広がっている。しかし筆者は、大きな利点を有する仮想通貨が今後も世界規模で普及を続け、代表的な存在であるビットコインも、多くの方の予想に反し一定の存在感を今後も示し続けるだろうと考えている。

ビットコイン大手取引所の運営会社MTGOX(マウントゴックス)は2月28日、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請した。同日開かれた同社の記者会見によると、2月初め頃からシステムのバグにより不正アクセス(ハッキング)が増加。顧客から預かっていた約75万ビットコインと、同社自身の持ち分である約10万ビットコインの計85万ビットコインのほぼ全てが消失したほか、顧客からの預かり金が最大約28億円不足していることが明らかとなった。

麻生太郎財務相兼金融担当相は、マウントゴックスがビットコインの取引停止を続けていることに対し、「こんなものは長く続かないと思っていた。どこかで破綻すると思っていた」と発言。こうした様子は、経済専門メディアだけでなく、一般紙やテレビなどでも大きく取り上げられただけに、日本に住む多くの方は、ビットコインという聞き慣れないものがハッキングに対し脆弱であり、もはや消滅する存在なのだろうと思われたかもしれない。

ただ、ハッキングに対して脆弱だったのは、取引所であるマウントゴックスのシステムであり、ビットコインのシステムではない。現にビットコインの決済作業は現在も淡々と稼働しており、大手取引所ではビットコイン価格が600ドル超の水準で安定している。

つまり、マウントゴックスの経営破綻は(多くの一般の方の印象と異なり)ビットコインの取引システム崩壊を意味しない。通常の金融システムを例にすれば、強盗は金融取引を担う市中銀行から現金を奪ったが、中央銀行はこれまで通り通貨の発行を続けている状況と同じである。

<脆弱な「富の保蔵」機能>

マウントゴックス破綻劇で明らかになったのは、ビットコインの利点の一つと思われていた「富の保蔵」機能が脆弱だった点である。

財政危機に陥ったキプロス政府が銀行預金を封鎖し、同預金への課税を決定した昨年3月、ビットコイン価格が10ドル台から200ドル台に急上昇したのは、キプロスの富裕者層が財産の一部をビットコインに移したためと考えられている。

ビットコインは、取引データがP2Pと呼ばれる分散型ネットワークに記録され、保管に必要なウォレットと呼ばれるフリーウェアを使うには本名などのプライバシー情報を開示する必要がない。このため行政当局は個々人の取引状況を把握できず、取引の強制停止や課税が難しくなる。マネーロンダリングに悪用されるという批判はあるものの、ビットコインは行政当局から監視されることなく、財産(富)を保蔵するには有用との見方は、キプロス危機を経て定着していた。

しかし、マウントゴックスという大手取引所でハッキングによりビットコインが流出したという事実は、ビットコインを通じた富の保蔵ニーズを大きく低下させた。マウントゴックス破綻後も、カナダのビットコイン取引所であるフレックスコインでハッキングにより約60万ドル分のビットコインが不正に引き出されたことが明らかとなるなど、ビットコインがハッキングによって不正に引き出される可能性が高いとの見方が強まっている。

たとえ行政当局に富を捕捉されなくても、ハッキングによって富が盗まれてしまうのであれば、ビットコインは富の保蔵手段として役に立たないことになる。

日本の場合、政府がビットコインを金融商品ではなくモノとして扱い、銀行や証券会社によるビットコインの取り扱いを禁止する方針を示したことも、ビットコインによる富の保蔵ニーズを低下させると思われる。

政府の方針により、日本でビットコインを取り扱うのはマウントゴックスのような一般企業が担うことになるため、金融機関に義務付けられている顧客資産の分別管理といった顧客保護規制がビットコイン取扱業者に適用されることはなくなる。

金融資産の取引は各種規制で顧客資産保護の体制が整う一方、ビットコインについては規制による保護はなく、取引所ではハッカーによってビットコインが盗まれる可能性があるとすれば、日本でビットコインを大量に購入し、保有しようとする動きは限定的となるだろう。

<それでも残る利点とニーズ>

ただ興味深いのは、こうした状況にもかかわらず、ビットコインの価格は、マウントゴックス破綻後も暴落することなく、前述したように600ドル超の水準で安定していることである。これは、富の保蔵機能に対するニーズは低下したかもしれないが、送金機能や決済機能に対するニーズは依然として高いためと思われる。

金融機関に口座を保有していなくても、非常に低い手数料で送金を可能にするというビットコインの利点は、先進国だけでなく新興国で生活する人々にとっても非常に魅力的だ。グローバル化の進展で先進国と新興国との間でのマネーフローは拡大を続けているが、新興国に送金する際には多額の手数料が発生するほか、送金完了まで時間がかかるといったデメリットがある。低額かつ短時間で送金が可能なビットコインは、ビジネス界でのグローバル化の流れに非常にマッチしたものといえる。

クレジットカードに比べ低い手数料で決済を可能にする点も大きな利点である。インターネットでの買い物ではクレジットカード決済が一般的となっているが、カード番号や個人情報を提示することに躊躇する方も多い。一方、ビットコインであれば個人情報が流出する可能性は非常に低く、ネットでの決済もスムーズである。

現に米国のネット通販大手でナスダックに上場するオーバーストック・ドット・コムや、米家電販売大手サイトを運営するタイガー・ダイレクトは今年1月、ビットコインの受け入れを表明した。米メディアの報道によれば、オーバーストック・ドット・コムでは、ビットコインを使用した購入は予想を上回るペースで伸びており、ビットコインによる14年売上高の見通しを従来の500万ドルから1000―1500万ドルに引き上げた。

マウントゴックス破綻を機にビットコインは、消滅するとの見方も一部にあるようだが、既存の金融システムに比べ送金機能や決済機能の点で優位を維持している以上、実際には今後も一定の存在感を示し続けると思われる。ただ、低コストの送金機能や決済機能は、ビットコインだけでなく他の仮想通貨にも備わったものである。すでにビットコインの欠点とされるマイニング時間の長さ(約10分)などが改良された「リップル」という別の仮想通貨が、ビットコインに代わる存在として認知度を高めている。

世界はビットコインを通じインターネットに立脚した仮想通貨がもたらす利点を深く理解してしまった。たとえ何らかの理由でビットコインの存在感が低下したとしても、仮想通貨のニーズは今後も強まり続け、強い需要を背景に普及が進むと考えた方が自然と思われる。

*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
http://jp.reuters.com/article/jp_forum/idJPTYEA2D08X20140314